栞の乾燥システムーーー外皮設計の解説 (自力建設2024)
みなさん、お久しぶりです。「栞」乾燥庫の物語は、まだ終わっていません。
2年前の自力建設から始まり、個人の課題研究として深め、このプロジェクトは乾燥庫の研究そのものとして、これからも続いていきます。
そしてこのたび、プロジェクトのウェブサイトを開設しました。ぜひご覧ください!
今回の話では、半年間にわたるデータの蓄積と課題研究の成果をもとに、「栞」乾燥システムの外皮設計について詳しくご紹介します。
外皮性能設計

設計の指針の一つとしては、機械設備による強制的な空調を行わず、建築的な工夫のみで室内環境を維持する「パッシブデザイン」を基本戦略としています。
ここでの外皮(エンベロープ)の役割は、単に外気温を遮断すること(断熱)にとどまりません。冬季に取得した日射熱エネルギーを効率よく「保存(蓄熱)」し、かつ室内で発生、あるいは外部から侵入する水蒸気を滞留させず「自発的な移動(透湿)」を促すことが求められます。
この「熱・湿気の多機能フィルター」としての外皮性能を検証するため、実験棟(3ユニット構成)では意図的に異なる性質を持つ4種類の断熱材を選定し、自力建設による施工プロセスの比較および熱的挙動の差異を分析の対象としました。
外皮とは
熱と水蒸気の境界となる壁面、屋根面、および開口部(建具)を指します。
各ユニット(A, B, C)はそれぞれ異なる断熱材構成を持ち、以下の空間ボリュームと外皮面積を有しています。

※ 開口部には共通して可動式の断熱建具(スタイロフォームIB使用)が設置されるものとし、これも熱的境界の一部として扱う。
断熱透湿防水壁と屋根の仕組み
「栞」の透湿断熱壁は、3つの仕様があります。構造はすべて同じで、充填する断熱材だけが異なります。

壁断面図a

壁断面図b

天井断面図
壁仕様A:STEICO flex038(木質繊維断熱材)
比熱容量が高く、日射の変動に対して室温の変化をゆるやかにする「蓄熱」効果が期待できます。木材由来の素材のため吸放湿性能に優れ、壁体内の結露リスクを抑える「呼吸する壁」の主役です。施工性でも高評価で、圧縮木質繊維ならではの適度な弾力があり、スタッド間へのフィットがスムーズでした。

STEICO flex038の充填施工
壁仕様B:マットエース16K(グラスウール)
コストパフォーマンスに優れた一般的な断熱材です。ただし「透湿」機能を生かすためには、通常巻かれている防湿フィルムを除去して施工する必要があります。むき出しになったガラス繊維が飛散し、施工環境が著しく悪化しました。性能(透湿)を優先した結果、施工者の身体的負担が大きくなった——これも大切な教訓です。

グラスウール施工の様子
壁仕様C:トライロック Yane S40(ロックウール)
不燃性が高く、透湿性は高いものの吸湿性は低い素材です。湿気を「保持」するのではなく、「通過させる」ことに特化した挙動を示します。

ロックウール施工の様子
透湿防水シートについて

透湿防水シート施工の様子
透湿防水層の選定と動作原理
外皮構造における湿気制御の核心として、透湿防水シート「WÜTOP® Thermo Facade 2SK」(ウルト社製)を採用しました。
この材料は、外部からの雨水の侵入を完全に防ぎつつ(防水性)、内部からの水蒸気のみを透過させる(透湿性)という、一見矛盾する二つの機能を両立させています。
この選択的透過性の原理は、「液体としての水滴」と「気体としての水蒸気分子」の圧倒的なスケール差、および表面張力の作用に基づいています。
- スケールの差異: 一般的な雨滴や霧の粒子径が100~3000μm(マイクロメートル)であるのに対し、水蒸気分子の直径は約$0.0004μmに過ぎない。
- 透過のメカニズム:シートの機能層には、水蒸気分子のみが通過でき、かつ水滴は通過できない微細な構造(マイクロポーラス構造、あるいは親水性無孔質層の化学輸送)が備わっています。気体となった水分子はこの微細孔を自由に通り抜けることができますが、液体である水滴は表面張力によって球状に凝集しているため、微細孔に浸透することが物理的に不可能となります。
通常の建築において、この機能は壁体内の結露防止のために用いられますが、本計画ではこの物理特性を「熱エネルギーを保持したまま、湿気(水蒸気分子)のみを選択的に排出する分子フィルター」として再定義し、積極的に利用します。
美濃地域における環境特性と排湿ロジック
建設地である美濃地域の気候特性(温度・湿度)と、乾燥庫内部の環境を比較分析すると、以下の排湿ロジックが成立します。
- 夏季の挙動:美濃の夏は高温多湿ですが、太陽熱集熱を行う庫内はそれ以上に高温となります。空気中の飽和水蒸気量は温度に依存して指数関数的に増大するため、高温の室内は外部が高湿度であっても、絶対湿度(g/m³)においては外部を上回ります。この「室内>室外」の蒸気圧差が、湿気を壁体を通して外部へ押し出す駆動力となります。
- 冬季の挙動:冬季は室内外の温度差が夏季ほど大きくない場合がありますが、外気は乾燥しており絶対湿度が低いです。一方で、庫内では木材からの水分蒸発により湿度が供給され続けます。結果として、ここでも「室内>室外」の圧力勾配が維持され、自然な排湿が促進されます。このロジックは、高温環境を作り出し水分を気化させる「木材乾燥庫」の機能と、圧力差で透過する「透湿シート」の特性が、互いの欠点を補うことなく相乗効果を発揮する(相互補完的な)関係にあることを示しています。
- 実測データに基づく検証と考察
稼働後半年間(7月〜12月)のモニタリングデータを分析し、本理論の妥当性を検証しました。

図1 標準気象データと各室の絶対湿度の一日推移

図2 室外実測データと各室の絶対湿度の一日推移
- 「グレーゾーン」の意味:グラフにおけるグレーの塗りつぶし領域は、室内絶対湿度が室外を上回っている時間帯を示しています。この領域こそが、外部エネルギーを使わずに湿気が自発的に排出されている「パッシブ排湿」の稼働領域です。
- 多数正圧維持:標準気象データとの比較(図2)では約90%、現地実測データとの比較(図1)においても50〜60%以上の時間帯で、室内側が正圧(排湿モード)となっていることが確認されました。これは、年間を通じて透湿防水シートによる自然排湿が有効に機能していることを示唆しています。
- 生木投入による挙動(C室):特筆すべきは、室外実測データと各室の絶対湿度の一日推移の10月末に含水率の高い生木を大量に投入したC室の挙動です。特に11月0〜6時の圧差は顕著です。水分供給源が増加したにもかかわらず、グラフ(図2-C室、11月〜12月)は依然として高い排湿ポテンシャル(広いグレー領域)を維持しています。これは、内部の湿気が増えるほど外部との分圧差が拡大し、排湿速度が加速するという、自己調整的なシステムが機能している証左です。
おわりに
今回は「栞」乾燥システムの外皮構成についてご紹介しました。実験がさらに深まり、結論が明らかになっていくにつれて、引き続きみなさんにご報告していきます。
24期 木造建築専攻 銭