【アニュアルレポート2024】「ひとが育つまち」を考える ー 島根県のスタディーツアーから
岐阜県立森林文化アカデミー活動報告2024より
「ひとが育つまち」を考える ー 島根県のスタディーツアーから
准教授 小林謙一
目的
森林環境教育専攻の選択科目「教育のまちづくり」は、森林を多く抱えた中山間地域の生き残りには「森林文化の視点を持った”まちづくり”に関わる”ひとづくり”が必要だ」という仮説のもと、2024年度からスタートした。先進的な事例を学生とともに学ぶために、初年度の徳島県に続き、今年度は島根県を訪れた。
人口減少が加速する中、若者の減少は地域力の低下につながる。この課題を払拭すべく策をこうじているのが島根県である。地域外からも若者を呼び込む「高校魅力化プロジェクト」は同県が発祥であり、そこから発展した「地域みらい留学」。受け入れ校は現在、全国145校となっている。こうした事業を手がける(一財)地域・教育魅力化プラットフォーム(松江市)をはじめ、県内各地の活動を見て回った。
「0歳児からのひとづくり事業(ゼロプロ)」に取り組む津和野町では、(一財)つわの学びのみらいで活躍する《教育コーディネーター》の取り組みを伺った。「ひとが育つまち」を推進する益田市では、元・教育委員であり、市の「ひとづくり推進監」を兼務された大畑伸幸氏をはじめとする多くの人びとと出会った。益田市で特に印象的だったのが、市民が自発的に、さまざまなプロジェクトを立ち上げ、活動しているという点であった。その担い手は、女性や大学生、さらには学校の先生など多様で、ゆるやかにつながり、互いに刺激を受け、応援し合う関係がそこにはあった。
現地の詳細なレポートは、本校ホームページの「活動報告」をご覧いただきたい。
人口4万5千人以下の市町村は、全国自治体の約8割を占め、その多くが中山間地域や山村である。地域の生き残りには、地域に住んで、地域を支えていく担い手づくりが最重要課題となる。持続可能な地域であるための”「ひとが育つまち」づくり”に必要となる要素は何か。島根県での視察から考察した。

様々な人々がプレゼンターとなる、ゆるやかな学び合いの場「シャカイノマド」(益田市)の模様。想いや取り組んでいることを気軽に表現できる場があることで、本人と参加者双方に、新たな気づきと「やりたい」が生まれていた。
概要
人口減少が進む地域においては、自分たちが住む地域を持続させていくために、市民一人ひとりが”地域の担い手”となることが期待される。私が考える”地域の担い手”とは、自身の生活を自立的に成り立たせるとともに、「自身が住む地域や環境をより良くするために、主体的に行動する者」である。今回の視察から、「ひとが育つまちづくり」に重要となるポイントを4点ほど挙げてみたい。
1.「ひとづくり」のメッセージはあるか
自治体には 総合計画や総合戦略があるが、その中で「ひとづくり」についてどのようなメッセージを発信しているかが注目される。特に現代においては「市民一人ひとりの幸福度(ウエルビーイング)」を念頭においたものとなっているかが重要だ。自治体のメッセージとして、「個を尊重する」、「多様性を高める」「変化を良しとし、むしろ歓迎する」などが明言されているかは、「ひとづくり」を中心とする「まちづくり」に大きく影響するのではないだろうか。
さらに「ひとづくり=教育=公教育」と限定するのではなく、施設や制度の運用について、時代の変化に合わせた新しいしくみづくりが政策的に構想されているかも着目点となる。益田市では、「個々の生き方を大切にする」ことを軸とした「ライフキャリア教育」を施策とした。その実現のために”学校教育と社会教育の両輪で行う”しくみをつくり、さらに移住施策もつなげる<総合的なひとづくり>をデザインしていた。
2.コーディネーター(中間支援者)は配置されているか
地域社会全体でひとづくりを行っていくには、学校と地域、学校と各種団体や企業など、さまざまな連携が求められる。複雑な連携を実現するため、コーディネーターなどの中間支援的な役割が必要となり、それを担う人材の配置が重要である。
津和野町では、保・小中高校すべてに「教育魅力化コーディネーター」を配置していた。また、そのマネジメントのための一般財団法人を設立して運営している。益田市は主に小学校区をひと地域ととらえ、公民館への手厚い専従職員の配置のほか、小学校、地域自治組織にもコーディネーターなどの専従職員を配置している。また「派遣社会教育主事」も地域の取り組みの支援にあたっている。
中間支援を担う新しい役割ができることで、学校、地域、コーディネーター同士などのこれまでにないネットワークも生まれ、新しいつながりから、新しい発想、新しい取り組みも生まれていた。 コーディネーター等には当然人件費もかかるが、人口減少していく地域では「人」こそが最大の資産である。地域人財を育むための<人への投資が行われているか>は重要な点である。
3.コミュニティは多様なつながりを生んでいるか
益田市の人びとから感じたのは、圧倒的な明るさだった。大人も子どもも、「やりたい」という気持ちが満ちており、それを実現できる土壌も熟成していた。
「やりたい」を「言える・実現できる」には、いくつかのポイントがある。最も大きいのは「やりたい」という想いを<聞いてくれる人がいる>という、包摂的なコミュニティの存在ではないだろうか。ここでいうコミュニティとは、家庭や自治会、学校、職場など既存のものとは異なる、さまざまなつながりを生む場を指す。
一人ひとりの「やりたい」が実現し、個々の活動が広がると、多様なつながりが新たに生まれる。その結果、コミュニティも新しく生まれ続け、多様化する。新しいコミュニティはあるか、そして人びとが<多様なコミュニティに属しているか>も着目点となる。
多様な活動を支援するために社会教育の連携が注目される。益田市では、子どもの「やりたい」を大人が一緒にやっていく中で、大人自身の「やりたい」となっていくという事例を多く聞いた。子どもと大人をつなぐ機会づくりは公民館が大きな役割を果たし、益田市の公民館は「子どものサードプレイス」にもなっていた。結果として、多年代がつながる新たなコミュニティが形成されることも期待される。
益田市ではさらに、学校と地域、特に教員と地域の人びとがフラットにつながることによって、学校教育だけではできない多様な活動が「自主的・自発的」に生まれていた。肩書や立場を保留し、個と個がつながり、互いの「やりたい」を応援し合えるコミュニティの醸成が重要だろう。
4.対等な関係=「仲間」か
益田市では、子どもたちのやりたいを応援しつつ、大人が「手伝う」「与える」のではなく、「対等な企画者」として、子どもと大人がともに考え、協働して取り組むことを推進していた。その結果、子どもには大人に対して、名前で呼び合える「仲間」という認識が生まれていた。
世代や肩書を超えた「仲間」という感覚は、地域を持続可能な形に変化させるための起点となる。よく「地域のために」と言うとイメージは漠然としてしまうが、そこに住む人びとの顔を思い浮かべながら、「仲間のために」と言える人が増えていくまちは、これからも生き残っていくのに違いない。「郷土愛」は出身者かどうかに限らず、地域で生き生きと暮らす人びとと出会うことで自ら感じ、育まれるものだろう。
「ひとが育つまち」をつくるために
本校では卒業後、仕事として、また、住民として地域づくりに関わる者も多い。自身が住むまちの状態を捉るとき、今回の視察で得た4つのポイントは参考になるのではないだろうか。
人口の少ない地域では、「ひとづくり」は行政の主導だけでは難しく、地域総がかりで取り組むことが求められる。必要な資金や人材をどのように確保するのか、新たな発想が必要だ。「人への投資」に着目し、森林文化を含めた環境教育の視点で、山間地域にこそ必要な「ひとが育つまち」、そのための新たな社会システムを引き続き探っていきたい。次年度も、学生とともに、持続可能なまちづくりに取り組む最前線の地域を訪れる予定である。
教員からのメッセージ
島根県の視察、特に益田市のインパクトは強く、見聞したものをなかなか消化できませんでした。ワクワク感溢れる若者や大人と出会い、その原動力はなんだろうと思案していたところ、視察に参加した林業専攻の梅村さんから「益田は、アカデミーみたいですね」という感想が。「やりたい」と言えて、「やってみればいい」と応援する仲間がいる。多世代、多様な人びとが集まり、学生も教員も「仲間」や「同志」として、ともに成長し合う学び合いの場・・・。四半世紀かけて岐阜県がつくってきた、一風変わった森の中の共育スタイルに、「ひとが育つ」場づくりのヒントがありそうです。
活動期間
2024年〜
関連授業・課題研究&関連研修
・教育のまちづくり
・コミュニティ・コミュニケーション
・ソーシャルデザイン
・ローカルビジネス
<スタディツアー協力および訪問先>
※敬称略
一般社団法人ココラボ(岐阜市) 伊藤大貴、河田佳美
(一社)地域・教育魅力化プラットフォーム(島根県松江市) 水谷智之
(一財)つわの学びのみらい(島根県津和野町) 舟山喬子、中山純平
(一社)津和野まちとぶんか創造センター 玉木愛実
NPO法人おむずび(島根県益田市) 大畑伸幸、石井七実、岩坂菜月
益田市教育委員会 桐雅幸
豊田・西益田公民館 石川有里
他、松江のみなさま、津和野のみなさま、益田びとのみなさま
過去のアニュアルレポートは、ダウンロードページからご覧いただけます。