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2026年08月12日(水)

「良いコミュニティの入口に立つ」という学び(コミュニティ・コミュニケーション・後編)

(前編から続く)

ー コミュニケーションとは、互いの関係性を形成する”プロセス”のことである ー

「コミュニケーション」についての新たな視点に刺激を受けた1日目。2日目はアカデミーを出て、美濃のまちからスタートです。向かったのは、まち中にあるシェアオフィス「WASITA MINO」です。

WASITA MINOにある「かがやきベンチ」さん

そこには、2024年にオープンした「総合在宅医療クリニックみの」が入居しています。“まちのベンチ”のように、横並びの関係でケアの文化を共創する場でありたい ーー  そんな願いを込めて、「かがやきベンチ」という愛称がつけられています。

美濃市で新しい取り組みを始めている「かがやきベンチ」、その院長である密山要用(みつやま・としちか)さんに、お話を伺いました。

親しみを込めて「よーよーさん」と呼ばれている密山さん。その活動を聞きながら、「コミュニティとは何か」「コミュニケーションとは何か」をさらに深掘りしていきます。

コミュニティドクターの密山さん。親しみを込めて「よーよーさん」と呼ばれる

よーよーさんは、総合診療医、家庭医であると同時に、コミュニティドクターとして活動しています。「総合診療医」とは、臓器ごとの専門ではなく、ひと・家族・まちを診ることを専門にする医師のこと。また「在宅ケア」は、また、一人での通院がむずかしくなった方の生活の場に、専門職のチームが定期的に訪問する医療です。そして、コミュニティドクターとは、病院の中にとどまらず、まちに出て、まちの人と一緒に冒険するお医者さん、とのことです。

病院で病気を治療しても、退院して元の生活環境に戻ると、再び元気を失ってしまう患者さんを多く見てきました。病気の背景には、孤立、経済的な困窮、生きがいの喪失、家族の課題といった社会的な要因が深く関わり、それらが結果として病気につながっていることがあります

病気の本質について、よーよーさんは、川の流れに例えます。

病院で症状を治すことは、いわば“下流”での対応です。その背景にある社会環境という“上流”を見に行きたいと考えるようになったんです

医師として、病気の本質に向き合いたい、そのためにまちに出る ー まちに出た医師は、治療という対処にとどまらず、医療の本質でもある「その人らしく、元気に生きること」の実現を探究していきます。

例えば、訪問診療を基盤とした「在宅ケア」では、患者さんが自宅で安心して過ごせるよう支援しています。その中で、患者さんが「やりたい」と思うことを実現できるよう、かがやきのスタッフが応援します。それは、通常の医療行為とは少し異なる、一人ひとりの人生を支える活動です。

体に麻痺のある方が、作品の展示会をしました。また、買い物に出かけたいという103歳の方といっしょに、買い物へ出かけたこともあります

その人らしく生きることを応援する ーー その時に医療スタッフに必要なのが「プロデューサー」というあり方だと、よーよーさんは言います。

人は誰もが、本来、自分らしい生き方を実現するデザイン力を持っていると、私たちは考えています。その力を発揮し、やりたいことや好きなことを自分たちでつくり上げる。つまり、“プレイする場”をつくる人が増えるように、後押しするのがプロデューサーの役割だと考えてます」

「かがやきベンチ」で行われたアカデミー卒業生との「ベンチづくりワークショップ」(写真提供:密山さん)

プロデューサーとして考えるよーよーさんは、新しい発想による「かがやきベンチ」をつくる際に、なんとゲームデザイナーを、そしてコミュティデザイナーを招いています。

かがやきベンチには、外部の“ゲストプロデューサー”として、コミュニティデザイナーと、ゲームデザイナーが伴走しています。各地でコトづくりが生まれる環境を耕してきたお二人から、美濃でのケアの文化づくりをサポートしてもらっていまるんです

一見すると医療とは違う畑の人々ですが、「まちを元気にする」というテーマでは、様々な人が力を合わせる必要があります。多様な人が活躍でき、コトが起きる場をつくることが、よーよーさんの考える「プロデューサー」というあり方のようです。

「かがやきベンチ」の独自の取り組みとして、スタッフ一人ひとりが自分でプロジェクトをつくり、地域で活動する時間も設けられているとのことです。市内の高校生によるプロジェクト学習も受け入れています

よーよーさん自身も、在宅ケアに加え、美濃市を舞台にコトを起こす人を育む「UDATSU BITO(うだつびと)」のプロジェクトを実施しています。今年からは、美濃市で着目した「使われるガレージ」についての研究も始めました。

高校生が作成したポスター。WASITA MINOの向かいにある空き店舗に貼られている

さまざまな「コト」を起こすよーよーさんですが、その根本は、やはり医療にあると言います。

病気が治ることで、医学的には健康な状態に近づきます。でも、“健康であること”と“元気であること”は、必ずしもイコールではありません。病気があっても元気な人はいる。逆に、病気がなくても元気ではない人もいます

健康や元気は、その人だけの問題ではなく、その人を取り巻く環境や関係性にも影響されます。
「だから」と、よーよーさんは続けます。

支援と“おせっかい”は違います。医療従事者は、どうしても“支援”をしようとしてしまいます。でも、一方的な支援は、相手に負債感を背負わせることがあります。一方で、まちのパン屋さんの何気ない声かけなど、“おせっかい”が人を元気にしていることもたくさんある。この人はなぜ元気なのか。その“健康因”を探ることが大切です

「健康因」とは、病気の原因(病因)ばかりを探してきた医療に対して、「なぜこの人は元気なのか?」という、「元気の理由」を探す考え方です。もとは心理学の研究から生まれ、今のウェルビーイングの考え方につながっているとのことでした。

よーよーさんが語るコミュニティドクターの視点と地域医療のあり方は、板倉先生が講義で示した「人は関係性の中で存在する」という考えを、実践の中で明確に示していました。

プロデューサーとはどのような人なのか、なぜ、地域に必要なのか。板倉先生との対話の中で、よーよーさんは、次のような考えを示していました。

人と人との間に生まれる“元気”を引き出すことができるといい。それを生み出す、コトを起こす人と、それが生まれる環境を耕す(たがやす)プロデューサーを、まちに増やしたいんです

 

板倉先生と密山さん、専門家同士の対話で新しい気付きが生まれる

 


2日目の午後はアカデミーへ戻り、それまでの授業を振り返りながら、「コミュニティ・コミュニケーション」について考えます。

ペアで相手の強みを引き出すインタビューの練習

今回の学生は皆、保育、学校教育、社会教育などに関わってきた社会人です。自身の職場経験とも重ねながら、深い議論が交わされました

「コミュニケーション」について、参加者からは、

正しいことを伝えるだけでなく、相手との関係性や、安心できる雰囲気が大切
自分が課題としていた”コミュニケーション”について、あらためて理解できた

という感想が聞かれました。
また、講義内容と同時に、板倉先生の「聴く姿」も、学びになっていたようです。

全力で相手を“すごい”と思い、リスペクトを向ける姿勢に感銘を受けた
こちらが話すことに対して、興味津々で、きらきらした表情をされていた。その姿勢が、何より大切だと感じた

そして、「コミュニティ」について議論する中では、「コミュニケーション」にも通じる「関係性」という視点が、多くの学生の印象に残ったようでした。

人はなぜ生きづらさを感じるのか。人が安心して生きるためには何が必要なのか、という自分自身の問いにもつながった

森林環境教育を学ぶ学生には、社会課題に向き合う姿勢が求められます。その一方で、社会課題は単純な因果関係だけで生じているのではないということも、今回の授業を通して強く認識されたようです。

物事を一元的に捉えるのではなく、多方向から見る知見を養うことが大切だと、あらためて思った

さらに、現代社会で重視される「ウェルビーイング」についても、考えるきっかけになりました。

問題解決だけでは、本当の意味で、人は“元気”になれないのではないか

最後には、社会で実践する者としての新たな思いも生まれていました。

人と人が出会い、安心して話せる場をつくることも、大切な役割なのだと感じた
人と人、人と地域、人と自然をつなぐ居場所づくりについて、これからも考え続けていきたい

こうして、2日間にわたる濃密な学びが終了しました。


2日間を振り返って、私自身、今年の「コミュニティ・コミュニケーション」では、新たな気づきがありました。

森林文化アカデミーでは、森林や地域を舞台に、多様な人と協働しながら、新たな価値を生み出す人を育てたいと考えています。この授業では、その基盤となる「人と人との関係性とは何か」「良いコミュニティとは、どのような状態か」という根本的な問いを扱ってきました。その中で学生一人ひとりが、これからコミュニティにどのように関わる存在になっていくのかを考えることを目指してきました。

一方、今年の授業では、自分たちの世界を構成する「認知」について、あらためて考える機会にもなりました。認知から生まれる自分自身の価値観に気付き、他者との違いを理解し、関係性を見つめ直し、そして人や地域との関わり方をあらためて問い直す ―― その一連の学びを通して私たちは、「コミュニティコミュニケーション」を考える入口に、あらためて立ったように思います。

今回の学びを通して見えてきたもの、それは、「コミュニティ」とは、場所や組織そのものではなく、人々が自分自身と他者をどのような存在として認識し、互いに関わり合うことによって立ち現れる「関係性の世界」であるということでした。

そして、「良いコミュニティ」とは、関係性の中で一人ひとりが「自分らしく生きる力」を発揮し、その力が互いに生かされながら「循環し続ける状態」なのではないか、という気付きが生まれました。

それは人と人との関係に留まらず、人と自然、過去から未来へと続く文化、未来を生きる世代とのつながりまでも含め、多様な関係性が支え合いながら持続する、生命的な「生態系」だとも言えます。

板倉先生が示したように、「コミュニケーションはプロセス」であるとき、私たちは生態系の循環の中で、コミュニケーションをどう捉え、どう関わるのでしょうか。

森林文化アカデミーが掲げる「森林を基盤とした課題解決のアプローチ」、FbS(Forest based Solution)。FbS人材とは、より良い人間形成と社会形成を、「森林」とつなげて取り組む実践していく人であると、私は考えています。「コミュニティコミュニケーション」は、その学びの基盤として、すべてのFbS人材に必要なものだと、あらためて感じました。

板倉先生、よーよーさん、新鮮な気づきに満ちた学びの機会をいただき、本当にありがとうございました。一人ひとりが「元気に生きる」社会の実現に向けて、これからも「コミュニティ・コミュニケーション」を、ぜひいっしょに深めさせてください。

<森林環境教育専攻 教員 小林(こばけん)>