【アニュアルレポート2025】古民家再生を通して考える森林文化の学び
古民家再生を通して考える森林文化の学び
―築110年の竹屋だった町屋改修を事例として―
講師 谷口吾郎
目的
人口減少や高齢化の進行が進む地方小都市では、空き家の増加や町並み景観の喪失が大きな課題となっている。岐阜県美濃市においても、歴史的な町屋が少しずつ姿を消しつつある。また現代社会では暮らしが細分化し、林業、建築、木工、教育、地域づくりなど、森と人の暮らしの関係が見えにくくなっている。
本研究では、美濃市内で行われた町屋改修を事例とし、筆者はその改修過程に実践者の一人として関わりながら、実践から得られた経験や気づきを整理し、森林文化の視点から考察した。
概要
本事例となった町屋は、美濃市西市場町に残る築110年の建物である。この建物ではかつて竹屋が営まれており、竹材を立て掛けた吹き抜けのある土間空間や見世空間、通り庭と裏の作業場など、大正から昭和初期の町屋特有の構造を残している。
改修にあたっては居住を前提とし、生活環境の改善と歴史的価値の継承との両立を目指し、設計・施工は基本的に専門家に依頼した。一方、残置物の片付けや解体、塗装など改修過程の一部では、建築技術や古材活用について学ぶ自主的な見学・体験の機会を設け、関係者の協力のもとで実施した。古材や壁土、畳、建具、民具などについては、可能な限り保存・活用を試みた。
改修は、町屋の特性であるミセ空間と土間、通り庭を残し半公共的な空間の可能性を維持した。予算と快適性と環境負荷のバランスを考え、一部を解体(減築)した上で耐震化し、さらに主たる居住空間のみを断熱改修した。また微気象を活かし風通しのよい間取りを残す工夫をした。外観は歴史的な景観に配慮して既存の意匠を残した。大屋根の土葺き瓦は減災(軽量化・落下防止)の観点からガルバリウム鋼板としたが工法と色彩調整によって景観的配慮に努めた。省エネの観点から給湯設備にエコキュートを導入した。一方で、木質燃料の活用やソーラーエネルギ―導入は、立地条件(近隣・方角・景観・構造)や予算上の理由から断念し、将来的な課題として残した。
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改修前の外観

改修後。町屋の外観を保ちつつ、減災対策で土壁の一部を耐力壁にし、大屋根を土葺瓦からガルバリウム鋼板へ。

改修前

改修後。ミセ空間から奥の間を眺める。風の通りを保ちつつ、今の暮らしに合わせ、断熱化し、地域材のリビングとキッチンへ。
古民家再生から見えてきた森林文化の学び
(1)森の資源と暮らしの技術
実測調査や解体過程では、伝統的な日本家屋の構造や細部の理解と共に、建材としてクリ、マツ、ヒノキ、竹、杉皮など多様な建材が適材適所で発見できた。また石場建や手斧ではつった梁材、木組み、竹小舞、土壁など自然素材を活かした伝統的な技術・手仕事も随所に見られた。戦前までの古民家は、地域の森林資源がどのように人の暮らしに活かされてきたかを伝える「森林文化の記録」とも言える存在であり、代えがたい価値を感じた。

木造建築専攻の「古民家の再生」にて。古民家の実測野帳を採る実習では日本家屋の基本がよくわかる。
(2)家屋に残る地域のナラティブ
暮らしの痕跡も数多く残されていた。竹を立てた土壁の痕跡や、ミセ空間のツバメの巣跡、タバコ屋や駄菓子屋を兼業した時代の土台跡や、畳下の囲炉裏跡と煤けた天井・梁などからは、当時の町屋の生計や暮らしぶりが伝わる。また地域の方や関係者に話を伺う中で、家主の先祖は長良川の木材商(船頭か舟主)で、運送手段の変遷(水運→陸運)とともに、陸運に有利な現在地(西市場町)に移住してきたことなど、木材流通や産業、町の変遷に直接的に影響を受けてきた家系の歴史も見えてきた。このような小さな一家の物語(ナラティブ)は、今すぐに記録しないと消えゆく運命にあり、古民家は地域の歴史や文化の記憶装置としての役割も持っていると感じた。

森林環境教育専攻の「地域調査法実習」にて。古い資料やヒアリングから当時の暮らしを紐解く。
(3)古民家再生が生む学びの生態系
古民家再生の過程には、林業、製材、木造建築、木工、環境教育、地域づくりなど、多様な分野が関わる。さらに学生や地域住民が体験や学びの場として関わることで、学び手同士の交流の機会も生まれた。このように古民家再生は、森林資源、地域文化、暮らし、教育が交差する場であり、森林文化を軸とした「学びの生態系」とも言えるフィールドとなる可能性を持っていた。

改修過程で実施した古材保存・解体体験の様子。大正初期の建築物の構造や改修の履歴、未来について、解体しながら実感したことを共有した。
(4)実践の中で見えてきた課題
一方で、さまざまな課題も明らかになった。解体された古材や土壁などの多くは産業廃棄物となる現状や、サプライチェーンの断絶により地域材が活用しにくい現状など、地域資源の循環の仕組みに課題を感じた。また費用面で環境負荷の少ない改修方法を選べないなど、古民家改修を支援する補助制度や法制度の課題、伝統技術を扱える職人の減少なども大きな課題である。古民家再生を地域資源として活かすためには、林業、木工、建築、地域文化、環境教育などをつなげるコーディネーター的な職域・職能が重要であると改めて感じた。
暮らしの中から生まれる学び
本研究で対象とした古民家改修は、生活の場を整える暮らしの実践を出発点としている。しかし、その過程で得られた経験や気づきは、森林文化を考えるうえで多くの学びをもたらした。
本研究では、家族を「生活の主体」として位置づけ、暮らしの実践の中から生まれる学びに着目した。その結果、暮らしの中には分野ごとに切り分けられた学問では捉えきれない、多様な学びが生態系のようにつながって存在していることを改めて実感した。
古民家再生は単なる建築行為ではなく、森林、地域文化、暮らし、教育をつなぐ実践の場である。暮らしの中から学びを見いだし、その意味を捉え直して社会へ還元していく「暮らしのフィールド」としての可能性を示す試みでもあった。筆者が属する森林環境教育分野には、こうした分野を横断し、人と森、人と地域をつなぐ役割が期待される。古民家再生は、森と暮らしの循環を再発見する学びの場となり得るのである。

古民家再生の実践から得られた経験や気づきを整理し、森林文化の視点から学びの可能性を考察、ラベリング、視覚化した。
教員からのメッセージ
何気ない日々の暮らしの中には、たくさんの驚きや学びが隠れています。私たちの呼吸、食事、道具、住まいなどは、実は森林や自然の生態系と深くつながっています。今回の古民家改修を通して、私は暮らしの中に今もなお、森林文化が息づいていることを改めて実感しました。
活動期間
2023年~2025年
連携団体
・合同会社oguma
・ゴトー建築株式会社
・NPO法人WOOD AC
・NPO法人美濃のすまいづくり
・白鳥林工協業組合
・いろいろみの
関連授業
・里山キャンパスプロジェクト実習(森林環境教育)
・地域調査法実習(森林環境教育)
・古民家の再生(木造建築)
協力者
・卒業生、在校生、教員、地域住民 ほか
過去のアニュアルレポートは、ダウンロードページからご覧いただけます。