人と風土をつなぐ翻訳者の役割(ローカルビジネス 授業レポート2)
<2026.1.22> 森林環境教育専攻1年生の授業「ローカルビジネス」で下呂市に伺いました。
岐阜県出身者が多い今年の1年生。下呂市の中心部である温泉街の様子が今、昔と違うと感じているそうです。

新しい様相をみせる温泉街
「下呂温泉は、大きな宿泊施設がそれぞれ集客やイベントをしていたというイメージを持っていたが、いま街に行くと一体感がある。まち全体が変わった印象だが、誰かキーマンがいるのでは?」
という疑問を持ちました。

昼間も若い人や外国からの観光客で賑わう下呂の温泉街
下呂市のまちづくりについて伺いたいと、学生のみなさんは、アカデミー卒業生で現在は下呂市役所に勤める熊崎孝典(くまざき・たかのり)さんを頼り、下呂市のまちづくりに関わってきた青木一英(あおき・ひでかず)さんにお話を伺う機会をいただきました。
下呂市の観光については、今は直接担当していないので・・・という青木さん。「本日は、”温泉ソムリエ”としてお話します」とスタートしました。
隣の中津川市に住む学生の丹羽健一さんは、卒業後に自身の地域で農作業や自然体験を取り入れた活動をしたいと考えています。下呂市で起きた変化からヒントを得ようと、丹羽さんをはじめ、学生のみなさんは自身の興味関心から、それぞれの視点で真剣にお話を伺っていました。

1年生の丹羽健一さん。下呂市に住んでいたこともあるそう
以下、詳細は丹羽さんのレポートをご覧ください。丹羽さんは、アカデミー入学前は県立高校の教員をされていました。青木さんと同じく公務員だった自身の経験から、公務員ならではの苦労と努力、そのうえで新しいことに挑戦をされている姿に感銘を受けたようです。
丹羽さんのレポートにあるように、私自身も青木さんの市内で活躍されている“面白い人の面白さ”を、愛情深く面白がられている姿、さらにそうした人々の情熱や素敵さを伝えたいという青木さんの情熱にとても感銘を受けました。
「ホスピタリティ都市宣言」を掲げる下呂市ですが、ホスピタリティが示す「おもてなし」や「おもいやり」は外から訪れた人に対してだけではなく、そこに住む人と人の間でも交換し合う・・・そんな素敵な関係があるまちが、新しいビジネスを生み出す人を育てているのでは、と青木さんのお話を伺いながら想像しました。
「まちをつくるのは人」ということを改めて学ばせていただきました。青木さん、熊崎さん、お忙しい中、貴重な学びの機会をいただき本当にありがとうございました!
<教員 小林(こばけん)>
◆’温泉ソムリエ” 青木一英(あおきかずひで)さん
(下呂市 まちづくり推進部 まちづくり推進課 課長)

下呂市役所 まちづくり推進部 青木一英さん(手前)、熊崎孝典さん(奥)
① 観光課 全くの素人からスタート
観光課への異動は、予想外だったそうだ。桜の名所をかかえる下呂市のこと、着任したばかりの青木さんも容赦なく問い合わせの電話対応に追われる。
「サクラが見られる場所を教えてほしい」
その問いに、とっさに答えられなかったという。
観光課に配属されながら、自分がこの土地のことをほとんど知らない —— その事実に気づいてから、青木さんの行動は変わった。下呂市内に限らず、岐阜県内各地の観光地や、東海北陸自動車道で通じている名古屋市に至るまで、ご当地の「当たり」をコンプリートするかのように巡り始めた。
「無知の知」——知らないことを自覚した人間の行動力で、爆発的パワー発揮と言ってよいか。各地を歩き、人に会い、話を聞き、熱量のある人、おもしろい人に出会い続けるなかで、青木さんの中の「観光」は、風景ではなく、人との関係性だとの開眼があったそうだ。
② 簡単にはできない“仕組み”としての観光業
下呂市が日本初として立ち上げたE-DMO(エコツーリズムを融合させたDMO)。それは、単なる観光振興施策ではなく、「エコツーリズムで生計が立てられる構造」を現実にするための装置でもある。
自然を守ることと、暮らしを立てること。この二つを理念ではなく“経済構造”として成立させようとする視点は、情熱だけでは到達できない領域だ。数字、統計、ビジネスプラン、資金循環——それらを扱いながら、ルーティンワークを超えて地域に結果を残していく。
経営感覚をもった公務員の存在感は大きいと感じた。
③ ローカルが世界に接続されるとき
馬瀬のe-bikeを使ったエコツアーが、ガーディアン誌(イギリス)に掲載されたという事実は象徴的だった。
ローカルな自然資源が、世界的文脈の中に接続される瞬間。
青木さんのお話を聞いて、観光事業は「外から人を呼ぶ装置」ではなく、「眠っている価値を掘り起こし、翻訳する行為」だと気付かされる。
同市金山町の「筋骨めぐり」や蛍石の発掘、北斗七星が刻まれた巨岩。同様に馬瀬川にも——それらはただ“そこにある風土”でしかなかったものが、語り手と価値を見出す人の文脈を得たとき、観光資源へと変換されている。市役所が主役になるのではなく、市内の価値の源泉にスポットライトを当てる編集者として市役所職員が機能している点に、ローカルビジネス的な強さがあると考えた。
④ 土地ではなく人
多くの観光論は、資源の量や希少性を語る。
けれど下呂市の観光は少し違う。
土地の観光資源よりも、その魅力を教える“人”に重心が置かれているのだ。青木さんは、下呂市の温泉マエストロとして話しをしているときよりも、市内で活躍するガイドの方々の話をしているときの方が、青木さんの表情が生き生きとしていた。
そうした明るい表情は強く印象に残る。人との出会いに心が動くことがあるというのを体験した瞬間だった。
眠っている価値を掘り当てるのは、それを偏愛している“ひと”なのだと思う。風土は資源になりうるが、資源が価値になるには、人を風土につなげる翻訳者のような役割が必要なのだろう。
⑤ガイドという職業の再定義
人を風土につなげる翻訳者とはつまり、ガイドのことだ。
下呂市では、無償のボランティアガイドよりも、有料ガイドの醸成に力を入れている。これら2つの違いは、「お金を取るかどうか」ではない。違いは、人がお金を払ってもいいと思えるコンテンツを“つくり続けているかどうか”だ。
下呂市は「ホスピタリティ宣言」を掲げている。これは、行政だけでなく企業や市民みんなの目指すべき姿を表したものだ。よって下呂市が求めるのは、観光客に傾聴ボランティアをさせるような自分本位の話をするボランティアガイドではなく、観光客のニーズをとらえたコンテンツ制作者としてのガイドである。観光客の安全を管理し、お金を払う価値があると思わせる体験を、ガイド自身が設計し続けているという点に、翻訳者としての本質がある。
青木さんは、「ガイドが、かっこいい職業として子どもたちの目に映ってほしい」と語っていた。
その言葉は、観光政策を超えて、子どもたちの将来にも光をあてている。
(文責 丹羽健一)
