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2026年06月08日(月)

【アニュアルレポート2025】人の還流を生む教育とまちづくり ― 島根県・隠岐島前スタディツアーからの考察 ―

岐阜県立森林文化アカデミー活動報告より

人の還流を生む教育とまちづくり
― 島根県・隠岐島前スタディツアーからの考察 ―

准教授 小林謙一

目的

 人口減少が進む社会において、地域の持続可能性をどのように考えるかが重要である。とりわけ過疎化が進む地域では、まちおこしや人口の定住だけを目標とする取り組みだけでは地域の活力を維持することは難しい。

 人づくりやまちづくりについて、内外の多様な人が関わる地域社会のあり方が求められているが、そのためには人と人、人と地域をつなぐ人の存在が不可欠である。地域に必要な人材育成とそのあり方を探るため、森林文化アカデミーでは、クリエーター科森林環境教育専攻の科目として「教育のまちづくり」および「コミュニティ・コミュニケーション」を設置している。この授業の一環として、2025年6月14日から17日にかけて、島根県の隠岐島前地域を訪れるスタディツアーを実施した。

※「活動記録」も併せてご覧ください。
・第1回目 最先進地、海士町で学ぶ「教育のまちづくり」(隠岐島前スタディツアーレポート第1回目)
・第2回目 人が還流する島 ― 教育魅力化が生む地域の力(隠岐島前スタディツアーレポート第2回目)
・第3回目 「教育とまちづくり」のための3つのヒント(隠岐島前スタディツアーレポート第3回目)


 隠岐島前地域は、海士町・西ノ島町・知夫村の三つの自治体からなる離島地域である。2000年代初頭、この地域唯一の県立高校である隠岐島前高校は、入学者数の減少により廃校の危機に直面していた。そこで地域は高校の存続を目指し、「高校魅力化プロジェクト」を開始する。地域と学校が協働して教育内容を刷新し、島外から生徒を受け入れる取り組みを進めた結果、高校の存続は実現した。  その後、この取り組みは高校だけにとどまらず、小中学校や地域全体へと広がっていく。現在では小中学生の「島留学」や「親子島留学」、若者を対象とした「大人の島留学」など、多様な人が地域と関わる仕組みが整えられている。

 こうした取り組みを通して島前地域では、教育が地域の活力を生み出す「好循環」をつくり出すインフラとして位置づけられるようになった。このような背景から、島前地域は「教育の島」として全国から注目を集めている。  本スタディツアーでは、教育魅力化の取り組みや地域の人材育成について現地で学ぶとともに、教育と地域づくりがどのように結びついているのかを考察することを目的とした。現地では教育交流の拠点である「隠岐國学習センター」や県立隠岐島前高校を訪問するとともに、事業を推進する(一財)島前ふるさと魅力化財団から話を聞く機会を得た。また、岐阜県で教育事業を手がける(一社)ココラボの伊藤大貴氏、岐阜大学の板倉憲政准教授にも同行いただき、複数の専門的視点を交えて、現地の模様について考察することができた。

 本稿では、現地での見聞と体感をもとに、岐阜県の山村地域にも示唆となり得る三つの視点について考察する。

西ノ島から海士町へ向かう内航船から望む隠岐島前高校。船で毎日通学する高校生は、電車やバスで通う本土の通学とはまったく異なる風景に日々触れている。海に囲まれ、自然の摂理とともにある暮らしは、島を訪れるすべての人に「共に生きる」という意識を芽生えさせる。たった三日間の滞在であっても、それを強く実感した。

概要

1.チームで取り組む教育コーディネーター
 隠岐島前は、島根県の海士町・西ノ島町・知夫村の三つの自治体からなる離島地域である。島外から人を呼び込む隠岐島前高校から始まった「留学」の取り組みは、現在では小中学生の「島留学」や「親子島留学」、そして「大人の島留学」など、多様な形で人が地域に関わる仕組みへと発展している。その結果、人口約5,000人の島前地域に、年間300人以上の島外住民が滞在する状況となっている。

 こうした取り組みを担うのが、三島の自治体が共同設立した島前ふるさと魅力化財団である。現地では教育コーディネーターである原周右氏をはじめ、浅井恵美氏、米倉未佳氏、近藤弘志氏、さらに財団理事であり起業家でもある交交株式会社の大野佳祐氏から話を伺った。

 財団のスタッフは40名以上にのぼり、そのうち9名が教育コーディネーターである。彼らは学校・行政・地域住民・事業者など多様な主体の間に立ち、それらをつなぎながら学びと共創の機会を生み出す役割を担っている。島前のコーディネーターには、単なる教育支援を超えた「地域経営の視点」と「高度な調整能力」が求められていた。

 高校魅力化チームには原氏を含め11名が関わり、毎日のミーティングで生徒の様子を共有しているという。全校生徒150人の状態をスタッフが把握し、校外活動まで支援することで、生徒とコーディネーターの距離は非常に近い。

 生徒が地域に出て活動する中では少なからず衝突(ハレーション)も生じる。原氏は「謝ることがコーディネーターの仕事」と語った。大野氏は「ハレーションを恐れていると、地域はアップデートできない」と述べる。若者が地域に持ち込む揺らぎを肯定し、摩擦を経験することで地域と個人の双方が成長していく。そのプロセスを支える力がコーディネーターには求められていた。

 こうした複雑な役割を担うコーディネーターについて、原氏は「スーパーコーディネーターが一人いればいいのではない。変化を生み出す“異物”も含め、様々な個性が集まりチームとして動くことが重要だ」と語った。

(活動報告記事より)民家を改修した隠岐国学習センターを紹介する原周右さん(写真中央)

 

2.地域の文脈を再定義して発信する

 隠岐の島々は、後鳥羽上皇など高貴な身分の人々が配流された歴史を持つ。移住者である原氏は自身の経緯を「セルフ島流し」と表現した。地域の歴史的文脈を現代的にポジティブに再解釈することで、地方で挑戦したい若者や専門人材を引き寄せている。

 また、島前では人の流れを「還流人口」と表現する。高校生は「ブーメラン効果」を期待して島外へ送り出される。「大人の島留学」では年間延べ約200名が島を訪れるが、その目的は必ずしも定住ではない。担当する近藤氏は「定住は結果であり、それ自体を目標にはしていない」と語った。

 高校生も大人も、地域と外の世界を行き来する「還流」が続くことで地域に新陳代謝が生まれ、新しい挑戦が生まれる。歴史的文脈を再編集しながら多様な人の関わりを生み出す仕組みと、それを外部に伝えるデザインが印象的だった。

(活動報告記事より)本土に向かう船に力いっぱい手を振って見送る海士町のみなさん

3.挑戦を支える地域の包摂性「島の母性」 

 視察を通して強く感じたのは、人が挑戦できる地域には、その挑戦を支える包摂的な関係性が存在しているということだった。

 海士町では、起業や新しい事業への挑戦など、地域に新しい動きを生み出す力強いエネルギーが感じられる。一方で、挑戦の過程で失敗した若者を孤立させず、地域全体で見守る関係性も同時に存在している。今回同行した板倉氏は、こうした地域の特性を「島の母性」と表現していた。挑戦を後押しするエネルギーを「父性的」とするならば、それを支え、人を孤立させない関係性は「母性的」な土壌と言えるのではないかという指摘である。

 実際、海士町の教育魅力化プロジェクトは、特定のカリスマ的な個人によって推進されてきたわけではない。海士町の魅力化プロジェクトを推進した山内道雄前町長は、プロジェクトが始まったときから「リーダーを独りにしないこと」を腐心していたという。特定の個人に負担を集中させるのではなく、周囲が支えながら、多様な人々が「チーム」として取り組む重要性が、プロジェクトの文化として今も根づいている。

 こうした文化の中で、コーディネーターは単独の専門職として配置されるのではなく、チームとして編成される。チームで動くからこそ、それぞれの役割や個性を補完し合うことができる。個性を受け入れ、支え合う文化は、地域を訪れる人々の受け入れにも活かされている。

 このような支え合う関係性があるからこそ、島に新しい挑戦が生まれる。仮に挑戦が失敗したとしても、人が地域から離れてしまうことなく、次のチャレンジへとつながる。そうした循環の中で、「人が育つ土壌」が形づくられているのではないだろうか。

(活動報告記事より)高校の廊下に掲示されている「校長一人で悩まない」のメッセージ

***

 地域が持続していくためには、二つのエコ(eco)――「経済(Economy)」と「環境(Ecology)」の両輪がともに持続可能である必要がある。これまでの教育や地域づくりでは、経済的な成果を生み出すリーダー人材の育成が重視され、「父性的」な役割が強く期待されてきたともいえる。しかし、世界的に持続可能性が課題となった現代において、グローバルな経済原理だけではないオルタナティブな社会の可能性をローカルに求めるとすれば、それは人を孤立させず、互いに支え合う「母性的」な地域社会の醸成にこそ見いだされるのではないだろうか。  海士町で感じた「島の母性」は、岐阜県の山村地域においても、人が育つ地域を考えるうえで大きな示唆を与えてくれるものであった。

 

教員からのメッセージ

地域を実際に訪れることで、その土地ならではの風土を感じることができます。隠岐島前で感じたのは、人が挑戦することを歓迎する空気と、うまくいかないときにも人を支えようとする温かな関係性でした。そうした文化は、制度や計画だけで生まれるものではなく、日々の暮らしの中で長い時間をかけて育まれてきたものです。これからの社会に必要なのは、数値では測れない、人と人との関係の豊かさかもしれません。地域の文脈と人を育んできた土壌、その価値に気づくことが「教育のまちづくり」の原点になりそうです。岐阜県では「山の母性」に気づくことからでしょうか。

 

活動期間

 2024年~

 

関連授業

・教育のまちづくり
・コミュニティ・コミュニケーション
・ソーシャルデザイン
・ローカルビジネス

 

スタディツアー協力および訪問先

※敬称略
 一般社団法人ココラボ(岐阜市) 伊藤大貴、 河田佳美
岐阜大学 教育学部 教育心理コース 准教授 板倉憲政 (一財)島前ふるさと魅力化財団
教育魅力化事業部 原 周右、 浅井恵美、 米倉未佳  還流事業部 近藤弘志
交交株式会社 共同代表 大野佳祐 他、海士町のみなさま、西ノ島町のみなさま

 

参考文献

『未来を変えた島の学校――隠岐島前発 ふるさと再興への挑戦』(山内道雄/岩本悠/田中輝美、2015、岩波書店)
『僕たちは島で、未来を見ることにした』(阿部裕志 / 信岡良亮、2012、木楽舎)

 

過去のアニュアルレポートは、ダウンロードページからご覧いただけます。