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2023年05月18日(木)

その場所を理解しよう「空間認識」

今年の自力建設のテーマは「木造屋外階段」
アカデミー本校舎はいくつかの棟に分かれていますが、そのうちフォレスト棟とマルチメディア棟の間が、今回の建設地です。

自力建設は今回も改修工事になるのですが、まず一年生みんなで建設地の「実測野帳」を採るということをします。
「実測野帳」というのは、建物を手描きの図面にすること。この授業では平面図、矩計図、1F床伏図、2F床伏図を作成しました。
なぜかこれをするかというと、
これからの設計のために細かな寸法を調査する必要があるのはもちろんですが、
「その場所をよく見て、手で描いて図面にする」ことで以下のようなことが起こります。

1、気が付かなかったことを「認識」する。

実測していると学生から
「ある高さのラインだけ、格子が縦勝ちの箇所がありますね。」
「防火壁は上部向かってすぼまっていますね。」
「格子の間隔がここだけ違うのはなぜ……。」
など次々疑問が出てきます。
何度も通った場所なのに気が付かなかったことが、細かく図面にしていく過程で気がつきます。

まあ、そりゃそうだろう、と思うかも知れませんが、
これは、その部分を初めて「認識」したということです。
もともと物はそのようにそこにあるのですが、自分が全く「認識」できていないとき、それは無いのと同じです。
今回の「認識」しなければ、これからCAD図面や3Dモデルや絵にするとき、
格子を全て横勝ちで描き、等間隔で並べ、防火壁は同じ厚みで上まで描いたでしょう。実際には違うのに。
「よく見る」という感覚は建築のみならず、クリエーターにはとても大切なのです。

2、寸法感覚が身に付く。

物を「認識」できたら、次は距離を「認識」します。
壁や格子やデッキの板幅を測って、寸法を採ります。
すると「このくらいの距離が303ミリなのか」
「この壁はさっきの壁のちょうど二倍なのか」
「壁の横方向2mと高さ方向2mって同じ寸法なのに、高さ方向の方が大きく感じるな……」
など、数字と自分の感覚を同期させたり、比べることができます。
これは、建物の寸法を知ることと同時に、寸法を感じることになります。
測りながら105ミリの柱と120ミリの柱の印象の違いを感じ取っているわけです。
これを繰り返すことで身に付く感覚は、設計する時に常に起こる
「もう5ミリ厚くしようかな……」「15ミリ細い方が空間が軽やかになるかな……」
という検討をする際に必要になるわけです。
CADだと拡大縮小が自在に出来てしまうので、実寸の感覚がどうしても身につきにくく、
そのため縮尺を設定した図面を手で描いていることが、とても効果があります。

3、設計者の意図を理解することができる。

近代建築の設計は、どんな部分もデザインの理由があり、
何を狙ったのか、ある程度までは説明できるものです。

例えばアカデミーの本校舎は山に沿って建てられていますが、
上に位置する「情報センター」などのある「森の体験ゾーン」は丸太や曲線を使って森林の自然を表す有機的な形状にしており、
下に位置する、この場所「フォレスト棟」などのある「センターゾーン」は、機械製材された角材で水平と垂直を基調に都市的なデザインにしています。

今回の建設地は、写真を撮るとわかるのですが、建物間の距離より高さ方向が大きく、
格子壁と防火壁が縦に高く伸びているので、ますます直線が強調される場所です。
外壁板張りの横ラインやデッキの長手方向のラインも、
この空間をつくる大切な要素になっています。
これは設計者が強く意図したデザインであり、実測野帳の矩計図や立面図を描くと、
設計者が設計しているときの気持ちをトレースしているように、その意図を感じることができます。
実際に、同じ図面を手で描いてトレースしていることになるので、
その時の設計者の中でどんな検討があったのか、理解するきっかけになります。

また、この場所にある階段は、踏面(段板の奥行のこと)がほぼ303ミリ、蹴上げ(一段の高さ)が152ミリです。
屋外階段の寸法としては一般的な登りやすい数値ですが、これは周囲の格子の間隔に合っています。
そう考えると格子のデザインは455ミリや227ミリの格子にも出来たはずですが、
もしかして階段と合わせることもできるので303ミリピッチにしたのかな?
など設計者がなぜこの寸法を選んだのか、想像するのも実測の面白さです。

この授業を経て、初めて設計をする学生もいくつかの感覚が鍛えられ、
自分たちの建物を建設する空間を「認識」できたと思います。
一年生は実測野帳を作成できるようになったので、
既存建物のわからない部分は、どんどん野帳にして実測していくといいですね。

木造建築教員:松井匠

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