【アニュアルレポート2025】岐阜県内で確認された希少菌類ケシボウズタケ属について
岐阜県内で確認された希少菌類ケシボウズタケ属について
教授 津田 格
目的
岐阜県は標高0メートルの平野部から3,000メートル級の高山まであり、それに伴う気象条件の違いなどにより様々な植生帯が存在している。また人間によって利用されてきた里山の広葉樹林やスギやヒノキなどの人工林なども温帯域の広い範囲に広がっている。このような多様な植生の存在は植物以外の生物の生息場所としても重要であり、共生者や分解者として植物に依存し生育している菌類も例外ではない。それらは環境の指標生物としても重要であると考えられるが、生息地が限られるなどの理由でその存在自体があまり認識されていない希少な分類群もある。ケシボウズタケ類(ケシボウズタケ属Tulostoma)はそのような希少な菌類の一つである。
ケシボウズタケ類は、以前はホコリタケやクチベニタケ、スッポンタケなどとともに「腹菌類」という分類群にまとめられていた。「腹菌類」は子実体(菌類が胞子を形成する器官で、いわゆる「きのこ」)の内部で胞子が成熟するという特徴を持つことでまとめられていた分類群であったが、近年DNAの塩基配列を元にした系統解析により「腹菌類」は様々な系統に由来することが判明したことから解体、再編されている。それに伴い、現在ケシボウズタケ類はハラタケ目(一般に食用となっているきのこの多くが含まれる分類群)に所属するきのこの一群となっている。
ケシボウズタケ類は世界中に139種が知られているとされるが、日本国内ではこれまで7種類しか報告されていない(吹春 2022、Asai & Asai 2008、浅井 2008)。これまで報告されている種のほとんどは海岸砂丘や荒地といった特殊な環境で確認されている。幼い子実体は地中にあり、外皮が頭部全体を包み込んで口は閉ざされ、柄は無いか、あっても短いという(浅井 2008)。成熟すると図1のような形態となる。砂地の環境に生育する種では、砂中で成長し、成熟すると柄が伸びて頭部と柄の上部が出てくる(吹春 2022)。頭部の内部(グレバ)は粉状となり、雨粒などが当たると上部の孔口から胞子が吹き出す。上部の孔口は二通りに分けられ、筒状に突き出す種類と繊維状で縁毛がある種類がある(浅井 2008)。外皮の質は厚い膜質のものや薄い菌糸状のものがあるが、成熟すると頭部の下側にわずかしか残らないという(浅井 2008)。しかしながらその分布や生態などには不明な部分が多い。

図1 ケシボウズタケ類の形態
今回、そのような希少で謎に満ちた菌類であるケシボウズタケ属の一種の発生を県内で確認したので、その概要を報告する。
概要
菌類の網羅的な採集は学生実習(Cr科の特用林産物実習など)において実施しているが、それ以外にも植生観察や植生調査の実習などで菌類の子実体などが確認されれば、観察やサンプル採取をしてきた。しかしながらそれらの実習は主に森林環境で実施していたため、今回報告するケシボウズタケ類が発生するような環境はほとんど訪れていなかった。2023年11月に可児市木曽川沿いの植生を観察していた際にチャートの岩体上から複数の小さなきのこが発生しているのを同行者が発見し、その特徴的な外部形態からケシボウズタケ類であることが見てとれた。その後も2025年1月にも発生を確認したが、詳細についてはそのままとなっていた。そこで同年12月2日にあらためて発生状況とその生育環境を調査するとともに、形態の観察を行なった。

図2 岐阜県可児市木曽川河川敷におけるケシボウズタケ類の一種の発生状況
(A) 子実体の発生が確認されたチャートの岩体。コケ群落がまばらに存在する。
(B) コケ群落に散生している子実体。頭部の孔口が確認できるが柄のほとんどは土壌〜コケ群落に埋まっている。
(C) 採取した子実体。
子実体は前述のようにチャートの岩体上に発生していた(図2)。チャートは美濃帯堆積岩類の代表的な岩石であり、SiO2を主成分とする。古い時代に放散虫の遺体が海底に堆積して形成されたもので、層状構造を成し、その層の間に泥岩層が挟み込まれている。チャート層は硬く風化されにくいが、風化されやすい泥岩層や周辺からの砂などの堆積により土壌が薄く形成され、コケ群落が成立していた。今回の調査において15m前後の岩体2つのコケ群落の中に、11個のケシボウズタケ類の子実体が散生しているのを確認した。周辺の河畔には同様のチャートの岩体が多数見られるが、他では子実体の発生は確認できなかった。おそらくは河道からの距離によって撹乱の頻度が異なっていたり、周辺の地形や植生の違いにより日照や温湿度の条件が異なっていたりすることが要因となっていると考えられる。子実体が発生していた岩体は河道からやや離れた高いところにあるが、同じ、あるいはさらに高い場所にも増水で運ばれたと考えられる流木やプラスチック片などが存在していたため、頻度は多くないにせよ撹乱はあるものと考えられた。
発生していた子実体から6個を採取し、持ち帰って計測と、形態の観察を行なった。頭部は灰白色、径6.8±0.9mm、高さ5.3±0.9mmの類球状であり、柄は赤褐色、径1.5±0.6mm、長さ7.8±2.6mmであった。孔口は繊維状でやや突出し、外皮は脱落して頭部の下部に少しだけ残存していた。これまでに報告されているケシボウズタケ属の種とその形態を比較したところ、アラナミケシボウズタケTulostoma fimbriatumやスペインやフランスで報告のあるT. calongeiに類似していたが、正確な同定には顕微鏡による胞子の詳細な観察とDNA塩基配列による解析が必要である。アラナミケシボウズタケも含め国内の他の種についてはその多くが砂地のものであり、一部石灰岩地において確認されているが、今回のようなチャートの岩体上での発生の報告はない。既知種の知見も多くはないため、さらに幅広く様々な環境での調査が必要であると考えられる。
引用文献
Asai I & Asai Y (2008) New records of two Tulostoma species from Japan. Mycoscience 49: 399-402.
浅井郁夫(2008)ケシボウズをめぐる長〜いお話.千葉菌類談話会通信24:6-15.
吹春俊光(2022)房総の森ときのこ その6 「海岸のきのこ」.千葉菌類談話会通信38:75-78.
教員からのメッセージ
きのこ類は特用林産物のひとつとして、古くから人々に利用されてきました。しかしながら、自然界にはそれ以外にも多くの種のきのこが存在しています。冒頭にも述べたように岐阜県は様々な植生が存在し、菌類をはじめとする多様な生物が分布しています。それらの中には人間活動の変化や開発、気候変動などにより、消滅の危機に瀕しているものも存在します。今回紹介したケシボウズタケ属の種も生育環境が限定されおり、今後の環境の変化などにより消滅してしまう可能性もあります。誰にも認識されずひっそりと消えていく前に、こういった生物の存在を記録しておくことは、環境が様々なレベルで大きく変動しつつある現在、重要であると考えます。自然界にはまだまだ未知の世界が広がっています。少しでもそれに目を留めていただき、身の回りの環境について考えていただけると幸いです。
ケシボウズタケ類については千葉県立中央博物館の吹春俊光博士にさまざまな情報を教えていただきました。また最初の発見に際しては津田涼榎氏、蒼太氏に協力していただきました。この場を借りて御礼申し上げます。