【アニュアルレポート2024】カメラトラップによる野生動物調査
カメラトラップによる野生動物調査
講師 中森さつき
概要
カメラトラップとは、動物の動きを感知して自動で撮影を行う装置であり、目視で確認することが難しい野生動物の生態を記録するために使用されています(図1)。このカメラトラップの大きな利点は、捕獲された動物や調査者がいなくても非常に正確なデータを記録できることです。例えば、生体捕獲や直接観察によって得られたデータとは異なり、他の調査者が、見直すことができるため、これらのデータは調査者自身による観察よりもある意味優れているといえます。
図1 現地で設置したカメラトラップ
カメラトラップによって得られる情報は多岐にわたります。例えば、図2に示す1枚の画像からは、動物の種類、個体数、活動状況(何をしているのか)をおおよそ把握することができます。このように撮影された画像を読み解くことで、絶滅危惧種の生息状況の確認や外来種の侵入の有無、個体群の変動を科学的に解析することが可能となります。 また、人間の立ち入りが難しい場所や夜間活動する動物も記録できるため、従来の調査方法では得られなかった貴重なデータを収集することができます。
では、これらのデータを何枚も収集するとどのようなことがわかるのでしょうか。本調査地では、20台のカメラトラップを設置し2014年以降継続的にデータを収集しています。本稿では、これらのデータを解析した結果について考察しました。
背景と目的
近年、日本国内ではニホンジカ(以下、シカ;図2)の個体数増加・分布拡大が報告されています。シカの採食は森林生態系に大きな影響を与えるといわれており、北海道から九州までの全ての地域においてシカの採食による農林業被害や植生への影響等が報告されています。シカの前脚の長さは50~60cm、後脚の長さは40~45cmであることから、シカは積雪期の生息地として積雪深が50cmより深い地域を好まないといわれてきました。実際にシカは、多雪地域の積雪期に、積雪の少ない地域へ移動することが確認されています。
図2 森林文化アカデミー演習林で撮影されたシカ
一方、カモシカは国内の多雪地にも広く分布しており、1年を通じて同じなわばり・行動圏を維持しています(図3)。しかし近年では、多雪地域においてもシカの生息と越冬が確認されており、また岐阜県の狩猟統計から、岐阜県内のニホンジカは南部から北部に向かって分布拡大し、北部でも個体数を増加させていることが示唆されています。
図3 下呂市で撮影されたカモシカ
シカの越冬が確認されている多雪地域では、シカによる常緑低木やササの採食が顕著であり、常緑低木やササ群落の衰退が報告されています。 またその結果、林床植生の多様性の低下が生じることが示唆されています。もしカモシカの生息地でシカによる林床植生の衰退が生じた場合、シカと同じ大型草食動物であり特別天然記念物でもあるカモシカがこの影響を受け、両種の生息環境や餌資源を巡る種間関係に変化が生じることが予想されます。
しかしながら、両種の種間関係に関する先行研究はほとんどなく、非常に知見に乏しい状況であるため、今後生じうる種間関係の変化を把握するためには、現在の両種の生息地利用状況等を把握しておく必要があります。
本研究では、両種が同所的に生息する岐阜大学位山演習林(以下、演習林)において、カメラトラップを用いた両種の生息地選択傾向を調べました。具体的には、演習林内の20地点にカメラトラップを設置し、2013年12月から2016年11月にかけて両種の撮影回数を評価しました。本研究では、連続で撮影された3枚の写真を1回の撮影として集計しました。また、各調査地点におけるシカとカモシカそれぞれの撮影回数を両種それぞれの土地利用状況としました。
まとめ
一般化加法混合モデルによる統計解析の結果、演習林内のシカの撮影回数は、9月に増加し10月以降減少していました。一方、カモシカの撮影回数は、4月に増加し8月以降緩やかに減少していました(図4) 。以上の結果から、両種の撮影回数には、種間で異なるパターンが確認され、両種とも土地利用における季節変化が認められました。
各地点毎にシカとカモシカの土地利用状況を調べたところ、シカには季節的な土地利用傾向が明瞭な地点が複数存在しました。調査地中央の谷部および東側斜面に位置する8地点では、9月から11月にかけてシカが集中的に利用する傾向が確認されました(図5) 。
一方、カモシカの土地利用状況は、ほとんどの地点で4月から8月にかけて緩やかなピークをもち、これはなわばりを持つカモシカの季節的な活動量の変化を示している可能性が考えられました。
教員からのメッセージ
野生動物と人間の関係は、環境の変化とともに大きく変わりつつあります。近年、野生動物による農作物への被害が増加しており、その対策が求められています。しかし、なぜ彼らは人間の田畑に姿を現すのでしょうか。また、捕獲を行っても被害が減らないのはなぜなのでしょうか。こうした問題を解決するためには、単に動物を排除するのではなく、生態系の仕組みや動物の行動を理解することが重要です。今回はカメラトラップを使って動物の土地利用という観点から観察をしました。これらの結果を考察し、人間と動物が共存できる方法を模索することが求められています。森林文化アカデミーというフィールドで私たちと一緒に、彼らとの共存の道を探ってみませんか。
最後になりましたが、本研究に際し、岐阜大学応用生物科学部森林動物管理学研究室の安藤正規准教授から多大なご協力をいただきました。この場を借りてお礼申し上げます。