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2018年07月06日(金)

木工事例調査 in 中津川 ②桂川木工

6月27日、中津川市加子母の桂川木工さんにお伺いしました。桂川さんは「経木」を作っています。「経木」とは、例えば昔、お肉屋さんが秤に載せ、積みあげたお肉を包んでくれた「あれ」のことです。ほか、たこ焼きを盛り付ける舟や、折箱などで経木をご覧になったことがある方も多いと思います。薄く、きれいな平面が魅力的な経木は、発想次第で姿をかえる、わくわくするような自由度の高い素材です。

今回は、桂川さんの経木を使って作品を作っていらっしゃる木工家・川合優さんにも御同行いただきました。川合さんは普段、アカデミーの外部講師も勤めてくださっています。とりわけ2年生は講義内で、川合さんの作品『経木の蓮弁皿』のご紹介を通じ「(この素材である経木を)80を超えるおじいさんがひとりで作っている」とのお話を伺っており、その際、素材としての経木自体にも心惹かれていたため、今回の訪問を前々からとても楽しみにしていました。

桂川さんの木工所は、敷地内の大きな水車が目印です。「こんな爺のところへ、皆さんよう来てくださった」とニコニコお出迎えくださったのは、御年85歳になる、社長の桂川荘平さん。奥様にも、総勢20名弱の大所帯を、お茶とお菓子で丁寧にもてなしていただきました。桂川さんの第一印象は、気さくで気のいい、チャーミングなおじいさん。「(実演の工程で生まれた経木を)あげるで、全部持って帰ったらええ」と仰ってくださるなど、お国言葉とお人柄があいまって、独特のリズムやイントネーションは、場をなんとも穏やかにするものでした。しかし、朗らかなお人柄はそのままに、実演して見せてくださったひとつひとつの工程は、どれをとっても、「凄い!」と感嘆するばかりの、経験に裏打ちされた技に満ちていました。

桂川さんの経木は、木をどんな方向で薄く削るかによって、2パターンの仕上がり方があります。ひとつには、直方体のブロック状に木取った木を、木目方向に沿って細長く薄い長方形に削るもの。こちらは、「スライサー」という機械を用います。もうひとつには、輪切りにした丸太を桂剥きするイメージで、年輪に沿った方向でくるくるとどこまでも長く削るもの。こちらには、「ロータリー」という機械を用います。

まずは、両者に共通する始めの工程、木を丸太の状態から見極める、もとい、聴き分けをするところから。「素材(木)自体が良いものでなければ、いいもの(経木)は作れない」。「叩いて、トン、トン、と響く音がするときはいい木」。そう教えてくださったかと思うと、今度は流れるように軽々と、チェーンソーで丸太を切っていきます。そのお姿は、とても80半ばとは思えない身のこなしと力強さです。また、工程が身体にしみ込んでいる無駄のなさの賜物なのか、全ての作業がよどみなく手早いことに驚かされます。

丸太切りの次は、すぐさまバンドソーでの鮮やかな木取り。次いで、あっという間にスライサーのセットに至ります。スライサーの解説も動きも、こちらがついていくのに必死となるよどみなさです。「仕上げるものによって都度変えるスライサーの調整だけは難しい」「毎回ノギスと虫眼鏡を持って苦労する」というお話でしたが、その要である刃の研磨も、業者に頼らず御自身でなさるそうです。実際に、油砥石での研ぎも見せてくださいました。力強く、いっさい身体がぶれません。そしてやはり早いのです。さすがはキャリア60年。「まぁ、これだけのことや」と軽々とこなされる様子には、かえって凄味を感じます。

スライサーとは26年のおつきあい、さらに桂剥き実演のロータリーのほうは、何と53年(!!)とのこと。見る見るうちに薄い木のひだが重なっていったロータリーの動きからは、半世紀を超える使用感は感じられません。ただただ、圧倒されるばかりのスピードから、どれだけ丁寧にメンテナンスされているのかを伺い知ることができました。

スライサー、ロータリー、どちらの場合も、生木を使って作っても干せばピンと張り、縮むことはないといいます。スライサーでは薄削りで丸まるところを、ローラーが熨すこと2回、ベルトから出てくる時にはほぼ平らになっています。まったくよくできている、と一同から感嘆の声があがりました。

「この仕事は『刃物』と『木』」「5、6年やって『この木はどんな木』か、わかってくる」。誰も教えてくれる人なしにやってこられたからこその、体得からくる実感は、深い筈なのに言い回しは平明そのものです。丸太を見極め仕入れるところから、寝かし・挽くタイミング、製造のほぼ全工程を説明いただいたわけですが、「もう手がなれとるんでのぉ」「まぁ、こういうことや」と事もなげに言われ、そのあまりの手際のよさに終始呆気にとられていた気がします。私たちがグリーンウッドワークで使う銑(せん)という刃物に目をとめると、すぐさま樹皮を剥く実演を見せてくださり、立ったまま縦に下ろされる銑の扱いや、あっという間の皮剥きにも驚かされました。

桂川さんのお話ぶりからは、木に恵まれ、ともに暮らしてこられたことを本当によかったと、心から木を大切に思われているのがしみじみと伝わってきます。加子母の経木は、伊勢湾台風(1959年)時に、折箱の材料をお皿がわりにと名古屋まで6、7時間かけて送り届けた頃が出荷の最盛期だったそうで、その後、プラスチック製品の登場で次第に下降します。他にも、人夫賃(人足代)が高くて御自身の木を伐り出してくると赤字となるため、市場の木を使う等、御苦労もありのままお話しくださいましたが、不思議と暗さは感じられませんでした。それよりも、ずっと木のお仕事を続けてこられたこと、プラスチックにはない木ならでは優れた特性について、笑顔で語られた明るい印象がより濃く残っています。かつてのような日常使いで見ることは少なくなってしまいましたが、例えば高級旅館・料亭で「かいしき」として天ぷらの下に敷いて油切りの役目を果たす等、需要は途絶えていません。

 

桂川さんは、素材としての経木を様々な用途のために提供していらっしゃいますが、その多彩な使い途についても、本当に詳しく把握されていて、エンドユーザーである生活者のことを考えながら日々作っていらっしゃることが伝わってきました。例えば、私たちの夕食が「けいちゃん」と知ると、フライパンの上に経木を敷いて調理することをおすすめして下さったのですが、これは、経木が余分な油を吸い取ってくれ、適度に香りよく、しかもフライパンの汚れを防げるとのことからです。そういう使い方があるとは知らず、いいこと尽くしだと感心しました。ごはんをお櫃に容れるように、おにぎりを経木で包むと冷めてもおいしい、というのも頷けます。また、用途は食品用にとどまらず、ハガキや名刺等、紙にかわるアレンジもきくのだと、さりげなく示唆して下さいました。桂川さんが手にした1枚をくるりと輪にして「ここに花をいれたら1輪挿しにできる」と、シンプルで美しい花器を即興で見せてくださったことはとても新鮮で、他にも発想がひろがっていく予感がしました。

製造工程で出る製品以外の部分も焚き物等に利用されるそうで、製品そのものも最後は土に還るのですから、その点からトータルで考えても、経木というのはよくできた代物です。経木を素材に新しいアイテムが増えたとして、消費で良心が痛まない、どころか山の手入れにつながるのですから。

 

お土産にいただいた沢山の経木で、何を作るか、どんな新しい使い途を考えることができるか、見学に伺った学生一同で、あれこれと試行錯誤を楽しみたいと思います。桂川さん、そしてやさしくおもてなしくださった奥様、本当にありがとうございました。

 

 

森と木のクリエーター科 木工専攻一同

文責:柴田眞規子(2年) 藤田真弓(1年) 庄司晴美(1年)