【アニュアルレポート2024】空気のような構造性能を目指して
岐阜県立森林文化アカデミー活動報告2024より
空気のような構造性能を目指して
教授 小原 勝彦
【目的】
森林文化アカデミーの木造建築教育における基本性能の一つに、構造性能を位置づけている。開学以来、木造建築教育のプログラムを構築し、実施してきた。主なものとして、専修教育では「自力建設プロジェクト」や「木造建築病理学」、「中大規模構造架構提案」のほか、専門技術者教育では建築実務者向けに「許容応力度計算演習」や「構造性能検証ツール演習」、生涯教育ではこどもたち向けに「木造建築をつくってみよう」や「強い柱選手権(アカデミーカップ)」、「岐阜県産材ストラックアウト」など実践してきた。構造を意識した仲間や構造を目指す若者も岐阜県では徐々に増えてきたが、私が目指している木造建築構造にはなかなか達してはいない。本報告では、空気のような構造性能を目指した木造建築教育への取り組みについて報告する。
【概要】
◆はじめに
一般的に新築・中古に関わらず購入などで家を選択する際に、大多数の方々は「蛇口を捻ると水が出る家」や「スイッチを押すと照明がつく家」などを欲しいと、わざわざ注文しない。それは、それらが普通であり、特別に注文をしなくても組み込まれている基本的なこと(性能)であるからと考えられる。
その一方で、住まいの性能に関する重視点として「耐震性」が上位に挙げられることは多く、特に大地震が生じた直後からしばらくの期間、身の回りに生じる可能性のある地震災害を気になさる方も少なくない。このことは多くの方にとって住まいの「耐震性」がまだまだ「普通」ではないからであると、私は懸念を感じている。
◆アカデミーの木造建築教育における構造分野の取り組み
「普通」へ向けて、森林文化アカデミーの木造建築教育(専修教育・専門技術者教育・生涯教育)では、実践を通じて、ことあるごとに構造に触れる機会を設けている。
【専修教育】
入学してすぐに関わる「自力建設プロジェクト」では、各学生提案の段階から耐震性能の大枠を把握することを試みている。壁量計算やちょっとした構造解析程度であるが、どのくらいの建物強度が必要なのかを当初の段階でイメージできるといいと考えている。その後、全学の投票で1案に絞ってからは、許容応力度計算やもう少し詳細な構造解析を行って、構造性能が成立する構造体として設計していく。
改修の体系学「木造建築病理学」では、既存建物の構造調査を行い、構造改修計画案を提案する。新築と異なり、既存の構造要素の性能をどの程度まで見込めるのか判断が必要になる。
主に構造に絞って考える「中大規模構造架構提案」(図1)では、外部組織のプロジェクトに関わり、構造解析をした上で構造架構を提案することを試みている。プロジェクト全体のコンセプトやニーズを読み取り、構造架構をバランスよく提案することが必要になる。
県内企業の御協力を得て、構造設計や構造架構のワークショップ(写真1)を行い、木造建築構造の実務に触れる機会を設けている。教室内ではなかなか経験できない臨場感のある実務の空気に触れることも必要であると考える。
【専門技術者教育】
木造の構造計算に対して苦手意識が少しでも薄まるような建築実務者を増やすため、モデルプランをひと通り手計算で構造計算する「許容応力度計算演習」を半日×10回程度のボリュームで実施している。最も簡易な構造計算に位置づけられている許容応力度計算ではあるが、いざ取り組むとなかなかハードルが高いことを感じると思う。しかし、ごく一般的な構造計算方法であるため、流れが分かるようになると構造計算に興味を持ち、構造計算を楽しく感じるようになるのではないかと考える。
さらに効率よく構造性能を検討する「構造性能検討ツール演習」も実施している。これは、参加者にノートパソコンなどを持参していただき、エクセルを用いて構造検討する研修である。構造検討の概要が分かると、エクセルが算出するため、計算間違いなどに煩わされることなく構造検討の概要の理解を深めることができると考えている。
【生涯教育】
「木造建築をつくってみよう」では、都市計画、敷地における建物配置、建物の設計、構造材の墨付け・刻み・加工・建て方などひと通り実践する。その後、創った建物の振動測定を行うなど一歩踏み込んだ構造性能にこどもたちが触れる機会を設けた。
「強い柱選手権(アカデミーカップ)」では、何度もチャレンジしながら強い柱をつくる。小学校などでは繰り返し挑戦することはなかなか無い様で、試したことをベースにして次の柱にさらに工夫を施すことをこどもたちも楽しく挑戦していた。
「岐阜県産材ストラックアウト」では、樹種の異なるパネルへ向かってボールを投げるのであるが、こどもたちも樹種名や樹種の色などにも興味を持つことも多い。
【海外との連携】
韓国や中国、台湾、ドイツなどとの教員のみの交流から学生を交えた交流へと徐々に広げ始めている。諸外国における木造建築構造を取り巻く状況が日本と全く異なることを知ることで、構造に興味を持つきっかけの一つになると思われる。
◆ 空気のような構造性能を目指して
普段触れない「木造建築の構造」を当たり前のことだと認識することができるといいと考える。「耐震性」などという言葉をわざわざ発しなくとも、大地震による建物振動や、台風などの強風に対しての構造性能が空気のように常に当たり前にあるような存在になるといいと考えている。このような「安全・安心な住まい」があるからこそ、皆さんが日常生活や旅行などを楽しむことができると考える。
空気のような構造性能を目指して、構造を意識した仲間や構造を目指す若者を岐阜県でさらに増やしていくことが必要である。そのために、森林文化アカデミーの木造建築教育における構造教育を今後さらに進化させていきたいと考えている。
【教員からのメッセージ】
建築の中でも最も敬遠される分野である「構造」を苦手な方(実務者も、学生も・・・)も多いのが実情です。苦手であっても普通であれば、避けて通ることはできないはずです。少しでも実践に触れ、少しでも楽しく、そして気軽に構造に触れることができるように常に試行錯誤しています。「少しでも」と言っている様では、まだまだ「普通」じゃないですね。
空気のような構造性能を目指して、日本における木材や木造建築、暮らしについて、是非アカデミーの学生となって一緒に考えてみませんか。
【活動期間】
2014年~ 継続中
【連携団体】
◆岐阜県森林技術開発・普及コンソーシアム
・後藤木材株式会社「木造ビルのデザイン耐力壁コンペ」(2024年度)
・株式会社翠豊「地獄組製作ワークショップ」(2024年度)
・ヤマガタヤ産業株式会社「ぎふの木ネットフォーラム」(2024年度)
◆住友理工株式会社(森林文化アカデミー 受託研究)
◆中津川市(森林文化アカデミー 自治体連携)
◆岐阜県産材輸出推進協議会
・株式会社ブルーマテリアル(2024年度):韓国関連
・桑原木材株式会社(2024年度):台湾関連
【活動成果発表】
01) 小原勝彦.「地域材活用と木造建築の性能設計への取り組み」.
富山県森林・木材研究所振興協議会講演会. 2024.
02) 小原勝彦.「森林文化アカデミーの実務者向け研修の取り組み ~ 専門技術者研修(木造建築技術者向け)について ~」.森林のたより. (公社)岐阜県山林協会. 2024.
03) 小原勝彦.「木造建築の構造性能設計のすすめ」. ぎふの木ネットフォーラム.ヤマガタヤ産業. 2024.
04) 小原勝彦.「韓国での木造建築普及への取り組み」. 木材工業. 日本木材加工技術協会. 2024.
05) 小原勝彦.「日本木框架剪力牆構法」.日本木框架剪力牆構法台湾工程师培训班. 桑原木材. 2024
06) 小原勝彦.「기후현 산재 수출 추진 협의회와의 제휴」.한국 국제 협력보고 회 . 岐阜県 林政部 県産材流通課. 2024.
07) 小原勝彦.「木造軸組構造による建築の可能性」. 韓国技術者研修会. 韓国木造建築協会. 2024.
【関連授業・課題研究&関連研修】
01) 森と木のクリエーター科 1年生 木造建築専攻 自力建設プロジェクト
02) 森と木のクリエーター科 2年生 木造建築専攻 授業 「構造解析」
03) 森と木のクリエーター科 1・2年生 木造建築専攻 授業 「先端建築学」
04) 森と木のエンジニア科 2年生 林産業コース 授業 「構造力学」
05) 専門技術者研修「木造建築の許容応力度計算演習」
06) 専門技術者研修「木造建築構造性能検討ツール演習」
07) 生涯教育「構造って面白い!morinosカップ」
【関連教員(木造建築専攻教員)】
辻 充孝、松井 匠、吉野 安里、石原 亘