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2023年02月22日(水)

岐阜新聞コラム「素描」を執筆しました(下)

1〜2月にかけて、岐阜新聞のコラム「素描」を毎週1回執筆させていただきました。
岐阜新聞社から森林文化アカデミーウェブサイトへの転載許可をいただいたので、2月分の4回をここに掲載します。
文:久津輪 雅(木工・教授)
写真:西 禎恒(第5回)、久津輪 雅(第6、7、8回)

 

第5回(2月1日掲載)
道具鍛冶職人を支える新しい仕組みを

道具鍛冶職人の手元

 昨春、ある異変が起きた。森林文化アカデミーや高山の木工職人養成校で、新入生用のノミを道具店から調達できなかった。原因はノミ鍛冶職人の体調不良で、その後廃業すると聞いた。何とか別の所から買い求めたが、静かな一大事だった。
 予兆は掴んでいた。2019年から岐阜県が伝統工芸などに用いられる道具の供給状況の調査に乗り出し、私が実務を担うためだ。実はノミやカンナなどの道具の大半は、新潟県や兵庫県など県外で作られている。数人の調査員で手分けして130軒を超える作り手たちを訪ねると、道具鍛冶職人の減少と高齢化が著しく、特にノミが一番危機的だと分かってきた。
 ノミは木造建築、祭屋台、一位一刀彫、日本刀の鞘など、岐阜県の文化財の維持や工芸品の生産に欠かせない。これから木工の道に入る新人は新しい物を買い揃え、ベテランも特殊な文化財の修理などのために特注のノミを鍛冶職人に求める。
 しかし道具鍛冶職人を育てる学校はなく、後継者育成は現場任せだ。需要が減り、儲からないから弟子を取らず、どんどん辞めていく。経産省が補助制度を用意するが、鍛冶産地にはもはや活用できる体力がない。
 道具を使う側の中心地である岐阜県に、できることはないか。模索の末、道具作りのこれからを担う全国の中堅・若手の鍛冶職人のネットワークを作り、ハブ役を担うことを考えている。道具の作り手と使い手が協力し、貴重な鍛冶技術を次の世代へ引き継ぎたい。
 既にいくつかの手を打って動き始めている。報告会を3月末に高山市で企画しているので、ご注目いただきたい。

 

 

第6回(2月8日掲載)
木工の首都・高山にウッドワークセンターを

海外の木工講座

 「これからは第三次産業の木工を」と言い続けている。つまり、物を作って売るのではなく、木工体験を売る。その最大の可能性を秘めた場所が、高山なのだ。
 これまでイギリス、アメリカ、スウェーデンで様々な木工体験講座に参加してきた。1泊2日のスプーン作りや1週間の椅子作り。美しい森の中や湖のほとりに工房があり、自然を満喫しながら木工文化に触れる。宿泊施設を備えた所もあり、土地の料理を味わえる。世界中から老若男女が訪れ、人気を博していた。
 高山は世界のどの町にも勝る資源がある。まず千三百年の飛騨の匠の歴史。奈良や京都の都を造った職人たちの時代から連なる木工文化がある。そして指物、曲物、挽物、彫刻、漆、現代家具まで、様々な技法の職人が揃っている。このような町は国内はもとより、世界でも珍しいのだ。
 一方、高山には家具職人を養成する学校は3つもあるが、市民や来訪者が本格的な木工を体験できる施設がない。そこで市内に「ウッドワークセンター」を作り、木工職人たちを講師に迎え、様々な講座を企画運営してはどうか。隣には講師の職人たちが使うノミやカンナなどの道具を販売するショップも併設し、希望者が購入したり指導を受けたりできるようにする。講座は観光客向けの短期型、本格派向けの長期滞在型、後継者の卵を発掘するためのもの、いろいろあっていい。
 家電製品や自動車など、日本の得意分野が新興国に追いつかれて久しい。しかし木工の千三百年のリードはそう簡単には縮まらない。私たちがその価値に気づき、活かすことが必要なのだ。

 

 

第7回(2月15日掲載)
中学校で実現したグリーンウッドワーク

中学校でのグリーンウッドワーク

 「高山市の中学校でグリーンウッドワークの授業をやってほしい」と依頼が来たとき、大げさだが画期的だと思った。一つは美術や技術の時間がどんどんが減る中、公立の中学校で刃物を使う木工の実習が実現するから。そして窓口が教育委員会ではなく、市役所の林務課だったからだ。
 森に囲まれた土地なのに子どもが木に触れる機会が少ないと案じた地域住民の提案で、中学校が半年間にわたる「里山プロジェクト」を企画した。総合的な学習の時間を使い、森での伐採、製材所や家具会社の見学を経て、木を削る体験をということだった。予算は2019年度から市町村に交付が始まった森林環境譲与税も活用する。だから林務課なのだ。
 実習は2日間にわたり計6時間。提案者の住民や中学校の先生と話し合い、スギ、ヒノキ、サクラ、ホオノキ、クリの5種類の生木を手道具で削り、簡単な作品を作ることに。あえて最初に木の名前を伝えず、知識ではなく感覚を大切にした。
 当日生徒たちはクサビで丸太を割り、森林文化アカデミーで開発した削り馬という道具にまたがって5種類を刃物で削り比べた。さらに指で撫でたり、匂いを嗅いだり。結果ほとんどの生徒がスギとヒノキを言い当てたのは、さすが連続授業の成果。残りの3つは難しかったが、木の多様性を実感したはずだ。
 森林の公益的機能、木材の特性など、教科書で学ぶ情報は多い。そこに新鮮な体験があって「車の両輪」が備わる。そう確信した実習だった。
 この授業、各地の小中学校に広がってほしい。私たちはそのお手伝いをしたいと願っている。

 

第8回(2月22日掲載)
未来の新素材=木

雑木林

 「我々グローバル企業は、2030年にはもうプラスチックを使えないという認識です」。ある県内の大手企業役員は言い、こう続けた。「今後、製品の素材を岐阜県産の木材に変えていきたいのです」。この言葉を聞いて以来、私には雑木林がまるでレアメタルの鉱山のように見え始めた。
 林業の世界では、苗から育てたスギやヒノキ以外をひとまとめにザツ(雑木)と呼ぶことがある。太いものがあれば製材して家具用材になるが、細いものは粉々にして製紙原料などにされる。手入れすらされず、荒れ果てた森も多い。
 私たちの2世代ほど前までは、あらゆる生活道具を木や竹で作っていた。1914(大正3)年発行の「岐阜県林産物一班」には、郡や町村ごとにどの木から何の製品をどれだけ作っていたか細かく記されている。例えば恵那郡では下駄を年に11万足作り、キリ、サワグルミ、キハダ、ハリギリ、ゴンゼツ、イモノキ、ホオノキ、シナノキなどが使われたとある。柔らかく足に優しい樹種が適切に選ばれている。私たちの世代は素材が木からプラスチックや金属に変わり、木を使い分ける文化は途絶えた。
 冒頭の企業には森林文化アカデミーから県生活技術研究所や高山の木工企業を紹介し、すでに数十樹種の試験を実施。価値がないとされる樹種が好成績を収めるなど、興味深い結果が出ている。まったく新しい木の時代が訪れるかもしれない。
 アカデミーの授業でも学生は様々な木を削り比べ、樹種ごとの特性を学んでいる。可能性にあふれた新素材=木を扱うこれからの人材を輩出するのが、私の役割だ。