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2025年07月28日(月)

【アニュアルレポート2024】栽培きのこ類の病虫害〜アラゲキクラゲの線虫病について 2

目的

 森林資源の利用としてきのこ栽培は重要であり、林業産出額の半分を占める大きな産業となっている。国内におけるきのこ栽培の多くはおが粉主体の培地を用いた菌床栽培であり、栽培される種数も年々増えてきている。

 栽培きのこのうちキクラゲ類は主に中華料理の食材として利用されているが、特にアラゲキクラゲ(以下、アラゲ)は温暖な気候を好み、簡易な施設でも栽培が可能なこともあって近年国内での生産が拡大している。しかしながら2019年以降から鳥取県内外において菌床栽培のアラゲが奇形となる現象が発生し始め、岐阜県のアラゲ栽培現場においても類似した病害の発生が確認された。いずれの地域でも奇形となった子実体からはTylenchomorpha下目に属すると考えられる多くの線虫が確認され、これが病原体であると考えられた。線虫を培養し、アラゲ菌床への接種を行ったところ、子実体に病徴が再現され、それらの線虫が病原体であることが判明した。ここまでの結果は第133回、第134回日本森林学会大会において報告した。

これらの線虫は一旦栽培施設に入り込むと、収穫時の接触により人の手を介して施設内で病気が拡大してしまうことが示唆されたが、栽培施設への侵入経路については不明のままであった。その後2023年から岐阜県内の栽培施設において伝播者と目される昆虫類の採取を行い、線虫伝播者の探索をおこなったので、ここに報告する。

概要

 鳥取県周辺におけるアラゲ子実体の奇形については、2019年からその発生が確認され始めた。2022年秋には岐阜県西濃地域の栽培現場においてもアラゲ子実体の奇形が確認された。

2023年も同栽培施設内で奇形が発生したため、現場の状況を確認するとともに線虫の伝播者について調査を実施した。線虫の伝播者を明らかにするため、施設内での奇形の発生を確認した上で、8〜9月の複数回にわたって施設内で捕虫網と吸虫管を用いて子実体周辺に集まってくる昆虫を採取した(図1)。採取昆虫186個体のうちショウジョウバエ科が182個体と優占していたため、それらの一部を実体顕微鏡下で解剖し線虫の有無を確認した。ショウジョウバエ科はMycodrosophila属(2種)、Hirtodrosophila属(6種余り)が見られ、解剖の結果、これらのうち少なくとも2種の血体腔から寄生性の線虫が検出された。寄生線虫は体長が約3mmであり、アラゲ子実体から得られる菌食世代の線虫より大きく、形態も異なっていた。同じショウジョウバエ個体からは寄生線虫の次世代と考えられる卵と幼線虫も検出されたため、ピペットで一部を吸い上げPDA培地のアラゲ菌そうに接種したところ、子実体由来の線虫と同様の形態をした菌食性線虫の増殖が確認された。これらの結果から、線虫はその生活環に昆虫寄生世代と菌食世代を有していることが考えられた(図2)。おそらくは野外のショウジョウバエ類群集の一部において線虫との間で宿主-寄生者関係が存在し、線虫を保持したショウジョウバエ個体が栽培施設に侵入することで病気の発生が起こっているものと考えられる。また、これらのショウジョウバエ類は同施設内での2024年の調査においても確認された。

図1

図2

この線虫のようにきのこに生息する世代と昆虫に寄生する世代の両方を生活環に持つものとしては、同じTylenchomorpha下目に属するIotonchium属線虫が知られている。Iotonchium属線虫は国内ではこれまでに4種の存在が知られているが、海外の種も含めてその宿主昆虫はキノコバエ科昆虫であることが判明している。本研究におけるアラゲ線虫はIotonchium属線虫を特徴づける形態を有しておらず、宿主昆虫の分類群も異なってはいるが、菌食世代の線虫は類似した形態的特徴を有していることから、おそらく別属ではあるが近縁の分類群に属しているものと考えられる。線虫の分類学的所属については、今後各ステージの線虫の詳細な形態調査が必要である。

 また2022年の栽培施設における聞き取り調査では病気の発生は気温の影響があるようであり、季節が進み気温が低くなると被害が少なくなるが、ボイラーを入れはじめると再び発生するということであった。このことから、線虫を保持した伝播者が野外から施設内に侵入することで被害が発生し始めると考えられるが、一旦入り込むと人為的な被害拡大だけでなく、施設内に入り込んだ伝播者が子実体や菌床内で繁殖を繰り返し生息し続けている可能性もあると考えられる。防除については施設内への伝播昆虫の侵入を防止するのが第一であるが、ビニールハウスを利用した粗放的な管理をしている施設においては困難な部分も多いと思われる。病害の発生が確認された場合には、収穫時における人為的拡大を防ぐとともに、病害の発生した菌床を速やかに廃棄するなどして感染源を除去することが大切であると考えられる。

教員からのメッセージ

 現在多くのきのこ類が栽培され食卓にのぼっていますが、野菜類と同じように時には病害虫の発生が問題となります。しかしながら菌類というきのこの生物学的な特性と野菜類とは異なる栽培方法などにより、殺虫剤などを用いた化学的な防除は難しく、病害虫の生態に合わせた防除対策が必要です。そのためには本報告のような生態に関する基礎調査が重要になってきます。

 また線虫は肉眼では確認しづらく、一般の人々にはその存在はほとんど認識されていませんが、様々な生物の体内も含む、ありとあらゆる環境に生息していると言われ、研究対象としても興味深い生物群です。きのこに寄生する線虫についてはあまり研究が進んでいませんが、そこでは数多ある生物間相互関係の一端を垣間見ることができます。きのこの害虫としての視点だけでは単なる厄介者ですが、このような相互関係が人知れず生態系の中で繰り広げられていることを知っていただけると幸いです。

 ショウジョウバエ類の同定については、国立研究開発法人森林研究・整備機構 森林総合研究所の末吉昌宏博士にお世話になりました。この場を借りて御礼申し上げます。

活動成果発表

第133回日本森林学会大会
「アラゲキクラゲ栽培における線虫病について」
津田 格(岐阜県立森林文化アカデミー)・奥田康仁・牛島秀爾(日本きのこセンター菌蕈研究所)

 第134回日本森林学会大会
「岐阜県の栽培アラゲキクラゲから検出された線虫について」
津田 格(岐阜県立森林文化アカデミー)

第135回日本森林学会大会
「栽培アラゲキクラゲから検出された線虫の伝播者について」
津田 格(岐阜県立森林文化アカデミー)

(林業専攻教員 津田)