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2023年08月14日(月)

新科目スタート!その3「教育のまちづくり」

森林を抱える中山間地域、山村は、そのほとんどで過疎化が進んでいます。市町村では移住促進など人口減少対策に取り組んでいますが、一方で高校や大学など、進学を機に地域外に多くの人が流出していきます。

ひとがいなくなれば、まちは無くなる――こうした背景の下、先進的な地域では学校、行政、地域がつながりながら、ひとづくりをテーマとしたまちづくりに挑戦しています。特に人口減少で地域の高校がなくなる可能性があるところでは、その取り組みはより真剣です。

こうした取り組みには、多様な人々の協働が求められます。そのためには、これまでになかった新しい役割――「つなぐ人」が必要だと考えます。”持続可能な山村をつくるスペシャリストを育成する”森林文化アカデミーとしては、山村における「つなぐ人」の育成はますます重要なテーマになっていきます。しかもこれまでの「つなぐ人」から、学校教育や行政のしくみなど、様々なことを理解し、その上で多様な人々の協働を生み出し、さらに事業化するという高度な能力が必要になっていきます。

これから求められる人材育成について考えるべく、今年度から森林環境教育専攻に新たに「教育のまちづくり」の科目を新設しました。科目名を設定するにあたり「教育”で”」としなかったのは、「教育をまちづくりの目的や手段にしてはいけない」という想いを込めたからです。

新設した科目には当然、教科書はありません。「現地現物主義」の本校ではもちろん、現場から学ぶこととしました。訪れたのは地域と学校が密接に協働している先進地、徳島県神山町と海陽町。6月17日から20日まで、4日間の集中講座で開催しました。

 


 

今回講師をお願いしたのは、岐阜県で教育コーディネーターをされている、一般社団法人ココラボの伊藤大貴(いとう・まさき)さん。岐阜県のさまざまな高校の探究学習の支援をされています。また昨年は「全国高校生マイプロジェクトアワード」で、初の岐阜大会(サミット)を開催されました。

今回の徳島視察は、伊藤さんが「地域みらい留学」で神山町の県立城西高校神山校(以下、神山校)、そして海陽町の県立海部高校のコーディネーターを担当されていることで実現しました。

教育コーディネーターや中間支援組織のスタッフなど、全国で活躍する人々と交流のある伊藤さん。こうした人々のあり方を称して、「間(はざま)の人」というキーワードが示されました。


伊藤大貴さん(写真・左)と参加したクリエーター科2年生(22期)のみなさん

 


 

<1日目(6/17)>

徳島について最初にお会いしたのは、神山町の森山円香(もりやま・まどか)さん。森山さんは、町が設立した「(一社)神山つなぐ公社」で「ひとづくり担当」として、2016年から2022年まで神山校の学科再編などの事業を手がけられました。このときの取り組みは、森山さんの著書「まちの風景をつくる学校」(晶文社, 2022)に鮮明に綴られています。現場に関わる人々の熱量と苦労、そしてまちの変化がエモーショナルに伝わってくる一冊です。

2泊3日の神山町での充実したスタディ・メニューは、森山さんがコーディネートしてくださいました。まずは神山町を”感じる”ために、森山さんといっしょに町内を歩きながら、神山の風景、そして多くの「間の人」に触れていきます。


森山円香さん(中央)と神山町を徒歩で巡る

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最初に訪れたのは、神山校の寮「あゆハウス」。ここからは、出迎えてくれた寮生の高校生二人が、山の中にある農場「まめのくぼ」を案内してくれます。食農プロデュースコース3年 大東伊織(おおひがし・いおり)さんと、環境デザインコース2年 滝口瑠奈(たきぐち・るな)さんです。


神山校の寮「あゆハウス」。現在18名が入居し、そのほとんどが県外から集まる

 

「まめのくぼ」は、山間にある人口減少で使われなくなった荒れ果てた休耕田を、高校生、先生、そして地域の人といっしょに開墾した農場です。神山校の2つのコース、環境デザイン、食農プロデュースのどちらの学びにもなる実践場とのことです。

ここでは、地元の人が長年種を紡いできた小麦が栽培されています。また授業では、小麦の栽培の他、神山の風景になっている石積みや水路の補修なども行うそうです。

滝口さん(写真・右)と大東さん(中央)。大東さんの高校での課題研究は神山の食材でつくる「神山ラーメンプロジェクト」

 

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高校生のお二人と別れた後は、神山つなぐ公社で「あゆハウス」のハウスマスターを担う、兼村雅彦(かねむら・まさひこ)さんと神山の町を見学。

都会から企業のサテライトオフィス進出が盛んな神山ですが、兼村さんが以前勤めていた「えんがわオフィス」もその一つ。ここで行われる「夏祭り」はこれまで企業が主催でしたが、今では、高校生が中心になって企画、運営しているとのことです。


東京の映像関係の企業がサテライトオフィスとしてスタートした「えんがわオフィス」と兼村雅彦さん

 

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神山の町並みを抜け、「鮎喰川(あくいがわ)コモン」に到着。町内外の子育て世帯に向けて新築された「大埜地(おのじ)の集合住宅」に併設された、こどもから大人まで、地域内外など、幅広い人々が集う交流活動拠点です。この日も家族で遊んだり、施設内の図書コーナーにこどもたちが集まるなど、様々な光景がみられました。

案内いただいたのは、神山つなぐ公社で「ひとづくり」を担当する秋山千草(あきやま・ちぐさ)さん。秋山さんは東京で放課後教育に関わった後、神山に。「あゆハウス」の立ち上げにも尽力されました。
現在は、小学生、中学生、高校生から大人まで、幅広い年代の人に関わる業務を手がけています。

秋山さんからは、神山町の地方創生戦略の取り組みと、神山校の現状および今後取り組むべき課題についてレクチャーがありました。
学校や寮、そして地域のさまざまなシーンで高校生に直接触れ合っている秋山さん。お話の中で、「高校生が、まちをつないでくれる存在になっている。すごく面白いな、と思っている」という言葉が印象的でした。


「鮎喰川コモン」と秋山千草さん

 


 

2日目(6/18)

2日目は、「大粟神社」裏山の見学からスタート。
針葉樹の人工林の中に、アート作品が林内に点在する”神山式の森づくり”の現場です。

森の中に忽然と現れるアート作品群

 

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ランチは、町と神山つなぐ公社、そして東京の企業が合同出資して、2016年に設立された「(株)フードハブ・プロジェクト」が運営する食堂「かま屋」で。「地産地食」を目指し、店内には地元の食材でどのくらい賄っているかを表す「産食率」も示されています。

町外から多くの人が訪れる「かま屋」

 

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午後は、フードハブ・プロジェクトから、2022年3月、あらたに「NPO法人まちの食農食育」を立ち上げた樋口明日香(ひぐち・あすか)さんから、神山町での食農の取り組みについて伺いました。

「まちの食農食育」では「日本一の給食」を目指し、小中学校、そして今年4月に開講した神山まるごと高専の寮への食事も提供しています。給食の他に、食育、そして農体験をつなげた、まちぐるみの「学校食プログラム」に取り組んでいます。

神奈川県で教員をしていた樋口さんは、学校で提供される給食に違和感をもったとのこと。食に興味を持ち、神山町で立ち上がったフードハブ・プロジェクトに参画しました。学校現場の大変さを知っているからこそ、先生、こども、そして地域の人々に寄り添いながら、「社会に本当に必要なものは何か」を自ら常に問い、事業をすすめているとのことでした。


2022年に「まちの食農教育」を設立した樋口さん

 

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樋口さんのお話の後は、神山のみなさんと意見交換。森山さん、樋口さん、昨日お世話になった兼村さん、秋山さん、そして日曜日にも関わらず、神山校の先生、神山町役場の方、神山つなぐ公社のみなさん、まちの方々、神山校の高校生など、総勢14名の方が参加。

神山校の「神山創造学」の今後を考えたいとのことで、森林文化アカデミーの授業や取り組みについてご紹介し、アカデミー生も交えて、様々な意見交換をさせていただきました。

 


 

<3日目(6/19)>

翌朝、森山さんにお願いして、急遽、神山校を訪問させていただきました。

突然伺ったのにも関わらず、前日お会いした仲野教頭先生に快く迎えていただき、学内の農場や造園の実習、小麦の選別作業など、校内を見学させていただきました。

現場に伺うことで、これまで伺った神山での取り組みを、より実感することができました。


突然訪問させていただいた神山校と仲野教頭先生、森山さん

 

 

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熱い想いを持った神山の人々との出会いを後に、海陽町に移動。

徳島県立海部高校に伺い、田上教頭先生と、教育コーディネーターの高畑拓弥(たかはた・たくや)さんから、海部高校の「地域みらい留学」の取り組みについて伺いました。県外からも人が来ることで多様性が生まれ、地元出身のこども達にも良い刺激が生まれている、とのことでした。

海部高校の田上教頭先生(奥・右)と高畑拓也さん(隣)


海部高校では県外からの入学者が増え「辺境の地では異例の“第2寮”まで建設(地域みらい留学HPより)」

 

高校訪問の後、高畑さんからご自身のお話をじっくり伺いました。

一般社団法人Disportなど、3つの法人を手がける高畑さん。教育関連では海部高校の「地域みらい留学」の他、都市部の小中学生が徳島の学校に一時的に通う仕組み、「デュアルスクール」も手がけています。

デュアルスクールは「地域みらい留学」の経験を踏まえ、

「高校入学よりもっと早い段階で、地方の多様な生き方、はたらき方にこどもたちが触れる仕組みをつくりたい」

という高畑さんの思いから、全国に広げる活動をしているとのことでした。その背景には、地方の課題と可能性、さらには国際社会の中の日本の危機感など、これまでの高畑さんの経験から導かれた「これからのひとづくり」に必要となる要素が複層的に込められていました。


教育事業の他、牡蠣養殖など様々な事業を手がける高畑さん(左)

 


 

4日目は岐阜への帰路でふりかえり。学生それぞれがとらえた「間の人とは?」を、伊藤さんとのセッションの中で少しずつ言語化していきました。

 

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こうして終了した、初回の「教育のまちづくり」。「間の人」とは、いったいどんな資質・能力、そして姿勢をもった人なのでしょうか?

伊藤さんからは、重要なキーワードとして「自分ごと化」と、そのための「自己開示」と「当事者意識」が示されていました。同時に、「なにかしらの専門知を持っている」「自分のモノサシを持っている人」というキーワードも。

参加した学生からは「寛容さ」「視野の広さ」「全体を捉える力」といったことが述べられていました。
中でも「出会った人がみな笑顔だった。口角を上げる力が大切ではないか」という言葉に、一同納得。「間の人」が笑顔でいることが、いろいろな人がつながっていく原動力になるような気がします。

こうした視点で振り返ると、今回お会いした全ての人に共通していたのが、まずはじめに”自分らしく生きる”ことをとても大切にしている・・・ということでした。

「間の人」になる、事業を手がける、その前にまず一人ひとりが、人としてきちんと自立している・・・あたり前だけど「教育」が目指すあり方だと考えます。

自立した大人、そして自分の人生を”生きいきと生きている”大人と多く出会えることが、高校生やこどもたちに必要です。

そして「生きいきと生きている大人が多いまち」は、外から訪れる人にもとても魅力的です。そうしたまちは、こどもだけではなく、大人にも好影響を与えます。人同士の好影響が循環するまちには、人が集まり、新たなチャレンジが生まれていきます。

「まちをつくるひとが育つ”土壌”をつくる」 ―― そのヒントを、神山町、そして海陽町で生きる人々からたくさん受け取りました。

 

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たくさんのことを、お会いした全ての方々から学んだ今回のスタディーツアー。
たくさんの言葉の中で、私が特に印象に残ったのは森山さんのお話でした。

「森山さんが一緒に仕事をしたい人はどんな人ですか?」と質問した私に、
森山さんの答えは、

「好奇心がある人」

でした。

まちづくりでは、経済や社会情勢はもちろん、そこに住む人と文化、風土や歴史など、様々な要素が交わっていきます。その全てはつながっていて、そこに地域ならではの多様な「ひとづくり」があります。

「間の人」に求められる「できること」や「あり方」も、まちと共に変化を続けます。予測困難で変化の激しい現代において、高校生も大人も今、一番大切なのはこうした変化を受け入れ楽しめる「好奇心」なのかもしれません。

森山さん、高畑さん、神山町のみなさま、海陽町のみなさま、そして今回のスタディーツアー実現にご尽力をいただいた伊藤さん、本当にありがとうございました。

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最後に、今回の一番の思い出を。

1日目の夜に、神山校の寮「あゆハウス」にご招待いただき、高校生のみなさんがつくった夕食をご馳走になりました。生まれて初めて、高校生にご飯をつくっていただきました、感激!

それだけでも感動なのですが、寮で暮らす高校生たちがとてもしっかりしている ―― 見知らぬ大人たちを温かく迎え入れてくれて、自分たちのこと、将来の夢を生き生きと語る、その姿に本当に感動しました。

そんな高校生のみなさんに、同じ学生同士として、大人のアカデミー生が自分の人生やこれからを真剣に相談していました。(今回伺ったアカデミー生はみな30代以上)

本気で悩む”学生の大人”と、もしかしたら高校生は初めて出会ったかもしれない?

「人生はいつでも立ち止まれる。だから今を全力で走ってもいい」

・・・アカデミー生からのメッセージが、これから自分の将来をつくっていく高校生に、いつか役立つ日が来るかもしれません。多世代で多様な人々との交流が良い学び合いになる ―― そのことをあらためて実感した日でした。

あゆハウスのみなさん、ありがとうございました!!


あゆハウスの高校生とハウスマスターのみなさん、アカデミー生で記念写真

森林環境教育専攻 准教授 小林謙一(こばけん)