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2025年09月05日(金)

【アニュアルレポート2024】「堤防草地群落の種多様性に関する研究」

教授 柳沢 直

目的

降水量が多く温暖な気候である日本では、極相植生はほぼ森林であり、草本植物が優占する原生的な自然はほとんど見られない。一方で、農耕に伴い草刈りや火入れなどの手入れが続けられてきた半自然草地には多くの野生植物が生育している。保全対象となる絶滅危惧植物が数多く見られるエリアとして、阿蘇地域など継続して野焼きの行われてきた大規模な半自然草地が以前から保全対象として注目されてきた。これらの大面積半自然草地は、小さなパッチで起こりうる機会的な絶滅のリスクが小さいため、面積の大きな社叢林同様、高い種多様性が維持されていることが多い。

 しかし一方で、大面積の草地を維持・管理するためには、安全管理の難しい野焼きなど、多くの人手と専門的な手法を必要とする。そのため多くの大面積半自然草地が維持管理を継続するにあたって困難に直面している。他方、都市流域を流下する河川の堤防草地は、広大な面積が連続しているだけでなく、国土交通省による除草作業が毎年行われている、いわば持続可能な半自然草地である。ところが、都市を流下する河川の堤防は住民にとって身近な自然ではあるが、生物多様性保全の対象として認識されているとは言い難い。また、除草作業は堤体管理が目的であるため、必ずしも生物多様性に配慮した管理が行われているとも限らない。

 本研究では、今まで注目されてこなかった河川堤防草地の生物多様性を明らかにし、除草作業の時期や頻度によって種多様性が影響を受けるかどうかを示すことを目的とした。

 

調査地と方法

調査地は岐阜県各務原市の木曽川右岸堤内側斜面途中の平坦面に設定した(図1)。当該草地では国土交通省の委託により年2回、春(6月)と秋(10月)に除草作業が行われている。2008年秋から2020年9月まで、5m×5mのサイズの無刈区(A)、秋刈区(B)、春刈区(C)、春秋刈区(D)の4つの異なる処理区を設置し(図2)、それぞれの処理区で最低年2回、草刈時期の前に出現種を記録した。2011年からは、各処理区にそれぞれ1m×1mの固定調査枠を5個ずつ設置し、調査枠内で出現種の被度、および地表面での相対照度を測定、記録した。2021年5月からは無刈区と春秋刈区、秋刈区と春刈区の処理をそれぞれ入れ替えて調査を継続した。調査区は堤防取り付け道路の道路工事により撤去されることが決定したため、調査は2024年5月で終了した。

図2

 

結果と考察

 調査期間には合計35科125種が出現した(表1)。最も高頻度で出現したのはチガヤであり、調査枠で優占した回数が延べ調査回数のうち50.0%を占めていた。よって調査地は相観としてはチガヤ草地といえる。日本のイネ科草地については、温暖で降水量の多い地域ではススキ草地が成立するが、年2回の刈り取りではチガヤが優占する草地が成立する場合がある。本調査地は砂質で貧栄養な草地であるため、毎年の刈り取りでススキが侵入しても定着できないものと考えられる。チガヤの次に多かったのがノアズキで18.6%、ツルボが9.0%と続いた。ノアズキは窒素固定が可能なマメ科植物であるため、砂質で貧栄養な堤防草地の土壌では多種に比べて有利であることも優占の理由であると考えられる。また、ノアズキの出現頻度は無刈区(A)で38.8%、秋刈区(B)で11.5%、春刈区(C)で23.1%、春秋刈区(D)で26.6%であり、無刈区で最も高かった(図3)。無刈区では刈り取りを停止しているため、ツル植物であるノアズキは年2回の刈り取りによる撹乱を逃れて植被を完全に覆ってしまい、優占できたものと思われる。ツルボについては、出現頻度は無刈区(A)で1.5%、秋刈区(B)で22.4%、春刈区(C)で29.8%、春秋刈区(D)で46.3%であり、ノアズキとは逆に春秋刈区で最も高かった(図3)。ツルボは早春の他の植物が芽吹く前に葉を展開するため、この時期に地表が覆われていると光合成を活発に行うことができない。無刈区は刈り取りをしないため、優占種のチガヤの枯れ葉が全体を覆っている。そのためツルボの頻度が少ないものと考えられる。

 出現した植物のうち最も多かった分類群はイネ科であり、123種中35種(28.5%)を占めていた。イネ科が優占する草地はイネ科型の生産構造を持つため、チガヤに混生する植物も地上部非同化器官の割合が少ないイネ科の植物が有利になるためと考えられる。次いで多かったのがマメ科の15種(12.2%)である。ノアズキ同様窒素固定の可能なマメ科植物は、貧栄養である堤防の砂質土壌では有利であると考えられる。次に多い分類群はキク科の14種(11.4%)であった。これは帰化雑草でキク科の比率が多いことと関係があると考えられる。帰化雑草にキク科が多い理由として、いくつか挙げられているが、このうち乾燥や直射光に強く、常に表土が撹乱され、在来の植物群との競争が緩和される場所を好むこと、数ヶ月あるいは数週間という短さで次世代を作れること、などが、乾燥した貧栄養な砂質土壌上に成立し、年2回の定期的な刈り取りを受ける堤防草地に当てはまる環境条件と言える。実際に出現した125種のうち、42種(33.6%)が外来種であり、キク科は外来種の中ではイネ科の15種(35.7%)に次いで多く、8種(19.0%)である。帰化植物にイネ科が多い理由は、牧草や緑化のために導入したイネ科牧草等が牧場や緑化法面周囲に逸出して広がったためと考えられる。

 調査地には、岐阜県で準絶滅危惧種に指定されているイヌハギも生育していた。出現頻度は秋刈区(B)と春刈区(C)でそれぞれ49.1%、春秋刈区(D)で1.8%、無刈区ではまったく見られなかった。これはイヌハギを保全するためには従来の年2回の刈り取りでは撹乱強度が強すぎ、年1回の除草が適当であることを示唆している。こういった知見を生育する種に当てはめた上で、在来種の種数を最大にしながら外来種を抑え生物多様性を保全する方策が求められる。

 

教員からのメッセージ

身近な里山の自然にはかつて持続可能な暮らしが営まれていた時代に暮らして居た生物の痕跡が残されています。目を凝らしてそれを見逃さない観察力が自然を管理・保全する技術者には求められると思います。里山における生物多様性の維持には、多くの場合管理の継続が課題となることが多いですが、現在行っている管理に少し工夫するだけで目的が達成できる場合もあります。身近な自然に目を向けてみてください。

 

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