今、読み手としての成熟を「情報発信演習」
今年度の「情報発信演習」は、これまでと大きく違ったものにしました。
生成AIの劇的な進化でクリエイティブの在り方が問われる一方で、フェイクニュースやデマ広告の氾濫が、混乱と対立を生んでいます。
わたしたちクリエーターは、これから何を生み出し、何を受け取り、どこに向かうべきなのでしょうか。
教員は時世を捉えて授業をつくっていますが、とくに「情報」を扱うこの授業は、毎年更新する必要があります。
今年は、クリエーターと社会をつなげる発信スキルに加え、わたしたちクリエーターがどのように世界を見て、どこを目指すべきなのかを考えるきっかけになる授業として内容を刷新しました。

全7回の講義・実習のメニューです
全7回の講義・実習の一覧です。
「なんだ、ほとんど生成AIがやってくれそうなことじゃないか。」と思いますか?
そうではないのです。何がそうではないのか、授業を時系列に追ってみます。
1、オリエンテーション・プレスリリースのつくり方(松井・小林・渡辺)

相手にどんなボールを投げたら受けとってもらえる?
第一回は、松井からのオリエンテーションのあと、バスケットボールを持った小林先生から「伝える」と「伝わる」は違う、という話です。相手をよく見ず乱暴に投げたボールは受け取ってもらえません。
そのまま、岐阜新聞の稲葉記者をゲストにお迎えして「プレスリリースのつくり方」講座。プレスリリースとは、報道機関に対して企業や自分の活動を発表する公式文書。どんな文書なら記事にしてもらえるのか、現役の記者さんに聞きます。学生は文化祭告知のプレスリリースをつくり、稲葉記者がそれをひとつずつ評価しました。
「人間は物語で記憶していく生き物。思いとか、これに取り組んでいる背景というところをちゃんと紹介できるといい」
「壁を乗り越えたり、自分の体が一番わかりやすいストーリーライン」
「ものの話に終わるんじゃなく、人の話にしていく」
さすが現役の記者。示唆に富んだ、簡潔な指摘です。

「プレスリリースはFAXでもメールでも全部読みます」と稲葉さん

つくったリリースを記者さんに講評してもらいました。予想できてなかった意外な点が評価、指摘されます
履修学生は、これまで意識的に情報発信をしたことのない人がほとんどなのですが、なんと元新聞記者として報道に関わってきた学生が2名もいます。社会人経験者が集まるアカデミークリエーター科ならではの機会なので、稲葉記者+元記者の学生2名+教員3名でパネルディスカッションを行いました。小林先生がモデレーターでテーマは「自分にとって情報発信とは?」。
パネラーから出た意見をまとめると、
・SNSの速報性と新聞の正確性は役割が異なり、新聞は裏付けを取った正しい情報を伝えることが今後ますます重要になる。
・情報発信は誰でもできる時代だが、発信前にその影響や責任を考えるリテラシーが不可欠。
・クリエイターや経営者も、発信する情報の本質や正確性を重視し、業界全体への責任を持つべき。
3つとも軸は同じことです。発信スキルだけでなくリテラシーが不可欠というものでした。

一年生の中に元記者が2人も。社会人経験者が集まるアカデミーならでは。初回からこの授業の核になるワードが挙がりました
2、スマホ写真スキル講座(渡辺)
2回目の授業は、スマホで良い写真を撮るための実習です。
人類は今、史上最多の情報を摂取しながら暮らしており、写真画像も大量に目に入っています。
写真は視覚認知による画像情報です。画像情報も文章と同様、操作して整理することが可能です。伝えたいことが伝わる写真にする技術をここで学びます。
渡辺先生の丁寧な説明のあと、各自が写真を撮りに行きます。それを学生間でお互いに講評しました。
人の写真をみて、その印象を言語化する能力と同時に、相手の写真の良いところを探す能力が鍛えられる実習です。

誰に向けてどんな表現にしたいのか。という意識が撮影の地図になります

具体的な撮影スキルを丁寧に解説
3、スライド作成講座(小林)
ここまでの授業で「文章」と「写真」を学んだので、3回目はパワポでスライドをつくる実習です。自己紹介スライドを作成して、発表します。
スライド発表は相手の時間を奪う行為でもあります。誰かが手を抜いてつくったものを聞いている時間は不快です。それを意識してつくってもらいます。
ここでも相互講評をします。他者の成果物を言語化して評価するには、しっかり見て理解する必要がありますが、自分も同じ作業をした後なので、他者の制作体験をより身近に感じることができます。成果物をよく見て、自己内で再構築・追体験し、評価することを繰り返します。

自己紹介スライドの一部。素直ですね……
4、ポスター作成講座(松井)
4回目はグラフィックデザインです。今度は「一枚の画像」にテキストと絵と写真を構成します。スライド発表と違って、長い時間を奪われない分、一瞬の印象が大切です。
松井が以前制作したポスターと先輩の研究ポスターを、ちゃんと伝わるように修正する実習を行いました。
元になったポスターをよく見れば、何を伝えるべきか、何が不要な情報かがわかります。だから最初はよく見るところから。フォントや、文字送りなどの基本も具体的に学び、グラフィックデザインの一端に触れ、実習を通して制作者の理解します。

テキストを崩したポスターを……

各自で好きに配置し直します。
5、動画講座(小林)
小林先生は映像制作の現場にいた方です。ガメラやアクエリオンなど、誰もが知っている作品を制作した映像のプロである小林先生から、名作といわれるCM動画を例に、動画の見方を学びます。
そのあとは、自分の好きな1分の動画を発表してもらい、そのどこが好きなのか話してもいました。CMや映画のワンシーンなど、いろんな動画集まりましたが、今度はその動画を絵コンテに分解します。分解することで、この動画では何を強調したかったのか、どうしてこの流れなのかなど、その作品への理解が劇的に深まり、動画を解析する視点を身につけることができます。

「絵コンテ」に分解すると見えてくるものがあります

「わたしの好きな動画」を発表。なにが琴線に触れたのでしょうか
6、SNS運用講座(松井)
6回目は、いま、クリエーターが避けて通れないSNSです。やるか、やらないかも含めて、SNSを一度しっかり整理する機会を設けることにしました。
まずSNSという仕組みの概要を解説します。社会全体にとってのメリットと、その一方で発生している重大な問題点を説明します。次に、メディアリテラシーを学べる教材サイトで、正確な情報を得て、発信する心構えと方法を知りました。
(とてもよくできたサイトですので、これを読んでいる皆さんもやってみてください。)
「メリ探 メディアリテラシー×探求学習 情報を調べて たしかめて 伝える!体験型教材」
誤情報やフェイクニュースが社会を破壊することを知り、現在に住む人間、とくにクリエーターが読み手として成熟することが、いかに大切なのかを学びます。
そのあとは、各自が実際にInstagramアカウントをつくって、次の授業までに10投稿してもらうことにしました。

情報を発信する前に、情報をきちんと受け取ることを学びました

7、ディスカッション「哲学対話」(渡辺・松井・小林)
最終回は、前半後半にわけての授業です。
前半はInstagram発信の解析をしました。各自の投稿がどんな人に届いたのか解析し、宿題だった10投稿を全体共有しながら感想を言ってもらいました。はじめてSNSを運用する人も多くおり「何を発信するべきか、発信しないべきかとても考えた」「普段は投稿しないが、強制的に宿題で10投稿だったので、自分が表現したいことは何なのかを考える良いきっかけになった」という感想が。これが後半に繋がります。
後半は渡辺先生の導入で「哲学対話」による授業のまとめをすることに。
「哲学対話」とは作家の永井玲衣さんが10年以上続ける対話方法で、話し合う、合意をつくることが目的ではなく、まず聞くこと・聞き合うための場所を作る手法です。
「よく聞く」「自分の言葉で話す」「人それぞれで終わらせない」が「哲学対話」の約束です。話者は、ぬいぐるみを持ちます。ぬいぐるみを持った人以外は話してはいけません。質問もなし。その人が「終わります」と言うまで全員で話をよく聞いて、話したい人はそのあとで挙手し、ぬいぐるみを渡されて話し始める。それだけなのですが、これが良い対話を生むのです。誰かの受け売りや、誰かのしたこと、統計や、研究結果を元に話すのではなく、自分の言葉で話すことで、素直な自分の体験を話す場になり、それが哲学につながっていきます。

この日のテーマは次のように決めました。まず教員三人が8月から7回に渡った授業全体の振り返りを行い、それを聞きながら学生が付箋にテーマ候補を書いていきます。終わったら一覧できるように貼り出し、そこに全員が投票します。決まったテーマは「伝えたいけど伝えたくない」でした。
「Instagramを投稿する時に、ほんとうに言いたいことは投稿できなかった」という経験から出たテーマで、表現と発信の関係や、クリエーターとしての自意識のあり方、表現の多様な媒介、発信してはじめてわかったことなどが、一人一人の口から心のこもった素直な言葉で語られました。途中で横槍が入らないので、ひとりひとりの言葉が無線通信のように部屋を漂い、終始穏やかな雰囲気で進めることができました。これからクリエーターになろうとする学生たちが、迷いながら本質的な何かを求めていることが垣間見える振り返りになりました。

これで今年の「情報発信演習」は終わりました。7回の授業後のアンケートでは「考えるきっかけを多くもらえた」という意見が多く、この学校に来る学生が、作業スキルだけを求めているわけではないこと、迷いながら誠実に良い方向を模索していることが、改めてよくわかりました。
いま、多くのスキルは生成AIが代行してくれています。何かをつくること、つくるために思考することすら、AIが行うでしょう。資本主義の市場原理に沿ってマーケティングされた生成物が、数秒で出来上がるでしょう。生成は加速し、量が増え、精度も上がります。
でも、つくられたものを感じるのはわたしたちです。そのときわたしたちは、何が良いものなのか、そうでないのかを判断できるでしょうか。
わたしたちは伝えるより前に、他者によって示されたものを、よく見て理解することが大切なのではないでしょうか。
それが誠実なものなのか、そうでないのか。良い世界の欠片なのか、そうでないのかを。
木造建築教員 松井匠