【アニュアルレポート2024】美濃市での小学生留学の試み
美濃市での小学生留学の試み
~都市部と中山間地域の子育て世帯を森でつなぐ~
講師 谷口吾郎
目的
2011年以降、人口減少社会に転じた日本では、便利な大都市へ人口が集中する一方で、森林を有する中山間地域では過疎化と少子高齢化が急速に進行している。また共働き世帯の増加や核家族化の影響もあり、子どもたちは自宅や学校、学童、塾などに押し込められ、地域の自然や文化、人との触れ合いを通してのびのびと遊び学ぶ機会を失いつつある。この現状は、子どもにとっても社会全体にとっても大きな損失である。本稿ではこのような課題意識のもと、岐阜県美濃市で試行的に実施した「小学生留学」の取り組みを紹介する。この取り組みは、都市部に暮らす家庭が一定期間美濃市に滞在し、地域の自然や文化、暮らしに触れながら、地元の子どもたちと交流する新しい学びと関係づくりの試みである。
概要
美濃市では2022年から「保育園留学※」を始めた。これは都市部の子育て世帯が1〜2週間、市内の宿泊施設に滞在し、子どもを保育園に預けながらリモートワークや観光を楽しむ仕組みであり、全国的にも美濃市は注目を集めてきた。開始から3年が経過し、卒園後の子どもや家族からの「引き続き美濃に関わりたい」との声を受け、「小学生留学」を企画した。小学生留学のねらいは、都市部と美濃市それぞれの子どもが、美濃の豊かな自然や文化、人々に触れながら共に遊ぶことにある。子どもは「自分で考え挑戦する力」「自然を楽しむ感性」「外の世界を知る広い視野」を育み、保護者にとっても単なる観光にとどまらない地域とのつながりや癒し、新たな価値を感じてもらうことを目指した。美濃市としては、こうした取り組みにより関係人口を増やし、地域経済に貢献し、地域の魅力の再発見やシビックプライドの醸成を図ることができる。いわゆるサマーキャンプと異なり以下の特徴を持たせた。
①遠方から家族で滞在するプチ移住型とする
②日帰りの4日連続プログラムとし、夜は家族で過ごす形にする
③地域文化体験を組み込む
④地元と都市部の子どもを意識的に混ぜて活動する
⑤家族間の交流を意識的に促す
小学生留学in美濃2024の概要 |
※保育園留学:株式会社キッチハイクが提供するプログラム。都市部の子育て世帯が地域に1〜2週間滞在して暮らす。保育園の一時預かり制度やおためし移住施設、空家などの遊休物件、地域の暮らしを体感できる収穫体験などを組み合わせたパッケージであり、子どもには地方の保育園を通じて豊かな自然に触れて心身ともに健やかに育つ環境を、保護者には仕事も子育てもしながら多様な地域に家族で滞在できる「子ども主役の暮らし体験」を提供する。受け入れる地域にとっては、家族ぐるみの長期的関係人口の創出や地域経済への貢献、郷土愛の醸成が期待できる。数々の受賞実績がある。
■実施を通して見えてきたこと
広報は限定的であったが定員10名に対し11名の応募があり、そのうち7名は東京、埼玉、大阪、京都、岐阜市などの都市部からの参加であった。都市部からの参加は、家族で1週間ほど美濃市の滞在するため少なからぬ出費になる。都市部の家庭がこうした体験を強く求めていると感じた。経済効果の面でも、これら7世帯が約一週間、市内に宿泊し、生活費を消費したことは小さくない意味を持つ。
活動は、木登り、森の探検、川遊び、焚火、動物とのふれあい、基地づくり、ラフティング、ロープやナイフワーク、ピザやご飯づくり、町並み探検、和紙アートなど多岐にわたった。身近な自然や簡単な道具を活用し、創意工夫して遊びを生み出す様子が印象的であった。活動後には家族を交えた食事会や夕涼みを設け、保護者同士の交流の場もつくった。
参加者の満足度は高く「来年も必ず参加したい」という声が多く寄せられた。地元の子どもからも「県外の子が美濃を楽しんでくれてうれしい」「次はもっと自分たちで美濃の魅力を紹介したい」という声があり、地域への愛着を深めるきっかけになった。特にうれしかったのは、多くの保護者が「活動を支えたい」と積極的に声をかけてくれたことである。単なる利用者ではなく、自ら価値を感じ主体的に関わりたいと思ってもらえたことは大きな収穫であった。
今後は交流会やワークショップなど運営上負担の大きい部分に保護者の協力を得ることで、地域滞在の質がより高まり、関係人口づくりも進むと考える。次回は、事前にオンラインで子ども同士が遊びの計画を立てる機会を作ったり、地元の子がホスト役を務める仕組み、卒業後にジュニアスタッフとして参加できる仕組みも検討したい。また地域の人や地元食材をさらに活かし地域とのつながりを深める工夫も続けたい。
■課題と展望
一方で継続に向けた課題も多い。参加費について都市部の保護者からは「適正」または「やや安い」との声があったが、市内の参加者からは「やや高い」という意見が目立った。地元の家庭にとっては非日常性が薄く、体験の価値を感じにくい面があると考えられる。主催者としては都市部と地元の子が一緒に活動する意義を大切にしたいので、地元向けに参加費を押さえる工夫をするとともに、プログラムの価値が伝わる工夫が必要である。
運営体制の課題もある。今回は「まずは一度やってみよう」という気持ちで始めたため、有償スタッフは1名のみで、その他は教員と学生、地域協力者が無償で関わった。学生にとっては実践的な学びの場になる一方、持続可能にするには安定した人材確保と収益化が不可欠である。参加費の引き上げを視野に入れつつ、地元企業からの協賛やふるさと納税、クラウドファンディングなど、多様な資金確保の方法を組み合わせたい。また通年での事業化を進め収益モデルを構築する必要がある。
宿泊面でも課題があった。繁忙期は保育園留学と重なるため、子育て世帯が長期滞在しやすい宿泊施設の確保が難航した。市内には宿泊施設が増えているが調理や洗濯、入浴設備などが整った環境は少ない。新たな宿泊施設を整備はハードルが高いため、既存ホテルの活用や民泊との連携、開催時期の調整などを検討したい。
この取り組みはまだ始まったばかりであり課題も多い。しかし美濃の自然や文化、人の魅力を通じて、子どもたちが互いに学び、地域とのつながりを育む価値は大きい。今後も多様な主体と連携し、持続可能な仕組みづくりを進めながら、都市と中山間地域を結ぶ新たな学びの形を模索したい。
教員からのメッセージ
森林文化アカデミーは岐阜県美濃市にあります。学校とは人の集合する場であり、その人は生活、通学、人間関係などにおいて、その学校の所在地を中心とした有機的なスケールに基礎を置いています。学校の在り方として、所在地から切り離された「陸の孤島」ではなく、所在する地域社会と相互に協力しあう関係性を醸成することが、学生にとって、より現地現物的な学びになると考えています。
活動期間
2024年~継続中
連携団体
・主催:美濃こども留学推進プロジェクト
・協力:キッチハイク株式会社、まちごとシェアオフィス WASITA MINO、いろいろみの
・連携:morinos(森林総合教育センター)
・後援:美濃市教育委員会
活動成果発表
・中日新聞 2024年8月21日、朝刊(岐阜総合)
関連授業・課題研究&関連研修
・里山キャンパスプロジェクト実習(Cr)
関連教員
・小林謙一、塩田昌弘
関連学生(協力者)
・葭田周作(23期)、中村奏太(23期)、駒田一葉(24期)、坂本環(24期)、山内淳(卒業生)
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