活動報告
2017年05月17日(水)

小田忠信 客員教授による『環境共生学概論』

 小田忠信客員教授は静岡市に本社がある㈱クインビーガーデン代表取締役。

 「現場主義、現地主義」を基本に世界各国を巡って製品作りをされ、環境生態学の分野で博士号も取得され、他大学でも教鞭をとられた実績のある先生です。秋篠宮文仁親王殿下が常任理事をされている生き物文化誌学会の副会長の要職にも就かれています。

 小田先生は書籍や論文の読み方、書き方など、専門家として必要な知識の習得に何が必要かを説きながら、植物社会学、環境共生学、文化人類学などと、最新のマーケティング理論を合わせて抗議されました。

 小田客員教授は、ミツバチとは、ハチミツとは、ミツバチの歩んだ道、それと人類がどのように関わり、ミツバチがどうして集団脱走したり、大量死を引き起こしたのかなど、様々な視点で自然を見ることを示唆されました。

 日本の産業的用法の始まりは、旧内務省勧業寮(現在の新宿御苑)でセイヨウミツバチの養蜂を試みたところに始まり、数々の失敗の後、小笠原で最初の産業的養蜂が確立しました。

 全国で養蜂業者が最も多かったのが岐阜県で明治時代には岐阜県だけで6000人はいた。岐阜県は岐阜市の名和昆虫博物館があったこともあり、「種バチ」を配布する養蜂家が多かった。

 ところで、蜂蜜の偽物は現在でも出回っているが、いつからあったか? なんとエジプト時代には貯蔵が可能な蜂蜜は貨幣の代替として取り扱われ、エジプト時代には偽物が出回っていたそうです。

 さて、日本の山での蜜源といえば、トチノキやシナノキが有名です。そいえばアカシア蜜というものがありますが、本当はニセアカシアの花の蜜です。

 次に、「ローヤルゼリー」についてみてみると、ローヤルゼリーが世界的に注目を浴びるようになったきっかけは1954年。紀元前からその効果が知られていましたが、それが産業として成立したのは意外にも近年。

 人口王台システムによるローヤルゼリー生産は1956年とのこと?

 2007年~2009年ころ、ミツバチの集団失踪が問題になりましたが、アメリカでの失踪原因は「栄養の単一化」であったそうです。本来自然生態系の中で、多種多様な植物から栄養摂取すべきなのに、アーモンド生産に特化したミツバチの過剰労働的な取り扱いの中で、栄養の偏りが発生したことよります。

 ところで生産現場では中国産ローヤルゼリーならば、日本産の1/10で購入できるそうです。女王蜂はローヤルゼリーを与えられ、1日に2000個近くの卵を4~5年産み続ける。

 ミツバチを通して、自然生態系の一員である昆虫を考え直す必要がありますが、家畜化した昆虫たちをどのようにコントロールして生態系に影響がないようにすべきかも大きな問題です。

 「プロポリス」これは蜂の巣の建築資材のようなものです。ミツバチがマツやポプラ、ユーカリなどの樹木から採取した樹脂(ヤニ)と自身の唾液や蜜蝋と混ぜ合わせて、巣箱のすき間や内部の壁に塗り付けたものです。

 このプロポリスは日本では得難く、家畜化されたミツバチが劣悪な環境下(高温、高湿気、ほかの昆虫の侵入が頻発)にさらされると、それを防除するために作成するものです。

 ミツバチの自然な利用は、交配を助ける昆虫としての利用。

 イチゴの交配ではミツバチなどの昆虫がいないと奇形が発生する。しかし農業現場では、インターネットなどで「売り蜂」と称する交配専用のミツバチなどが販売され、それらは使用後に全て殺処分されています。マーケットで販売されているイチゴの陰で、人間の都合で利用され、殺されるミツバチなどがいるのです。

 ミツバチの利用はほかにも多くあり、「ミツバチと触れ合う効果」として、一週間ほどミツバチのお世話をすると、難聴であった人の耳が改善されたり、自閉症の人が社会性昆虫と触れ合う中で社会復帰したりの効果もあるそうです。

 最後に、経営の視点で考えるときに重要なこと。

①五感ビジネス(五感にあった経営をする)、②物流と保存を考える、③スケールと継続性を考える  この3点は森林資源を商品化する観点でも重要。

 2日間にわたる講義のごく一部しか紹介できませんでしたが、講義全体は多岐にわたり総合的な目で自然をとらえ、それを経営に結びつけようとする小田先生の考えがそこかしこに見られたのでした。

 以上報告、JIRIこと川尻秀樹でした。

 


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