アカデミー教員インタビュー

豊かな暮らしは里山から!

柳沢 直 (環境教育専攻)

 

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開学準備室時代から関わり、アカデミーの歴史とともに教員人生を歩んできた柳沢先生。時間に追われる学生生活の中で、楽しそうに植物を語る柳沢先生の姿に癒される学生も多い!?全然興味のなかった植物に惹かれたきっかけから、ドタバタだった開学の裏側までたくさん語ってもらいました!

 

消去法で選んだ大学

 

――先生は、小さい頃から自然が好きだったんですか?

柳沢:ここは「むちゃくちゃ好きでした」って答えなきゃいけないところですが、興味はなかったですね。母親が植物好きで、小さい頃、母親が散歩のときに植物の名前を言っていたのは記憶に残っています。最初に覚えた植物はアメリカセンダングサ。でもそれだけ。まったく興味なかったですね。生き物の研究をしている人は、小さい頃から生き物が好きだった人もいれば、メカニズムがおもしろくてやっているので、生き物自体に興味はない人もいるんです。自分はどっちかと言えば、真ん中くらいかな。生き物に興味が出てきたのは後になってからですね。

 

――大学受験のときは、植物が好きではなかったんですか?

柳沢:まったくなかったです。大学の学部を選んだ理由は、はっきり言って、消去法に近い。高校生の頃、まわりから「将来何になりたいの?」と聞かれ続けて、イヤになっちゃったんですよね。夢がない人は生きてちゃいけねーのかよって。でも大学には行けって言われるわけですよ。それでそのときは、「社会の役に立つもの」か「自分の好きなもの」って発想で大学を決めました。ひとつは、人に感謝される仕事がいいなあと思ったので、じゃあ、医者はどうかなって考えたんです。患者さんに感謝される仕事だし。今にして思えば、手塚治虫先生の某マンガの影響が大きいですね。だけど、血を見ると貧血になって倒れちゃうので、解剖実習は無理。それで医者は選択肢から消えました。他にも感謝される仕事ってたくさんあると思うんだけど、当時は全然思いつかなかった。じゃあ好きなものって発想で、当時飛行機が好きだったので、パイロットも考えました。でも目がむちゃくちゃ悪かったんで、これもダメ。それなら飛行機を造る人になろうと思って、工学部の航空工学科を受験しました。もうひとつ興味があったのは、エネルギー問題。当時から原発は嫌だったんですよ。ゴミの処理ができないものをどんどん使っていたら絶対大変なことになると思っていました。だけど、今の原発は核分裂を利用しているけれど、核融合の発電はいいと当時は思っていて、これから実用化されるって聞いていたんです。なので、じゃあそれにしようと決めて、核融合が研究できる理学部を受験しました。結果的に航空工学科は落ちて、理学部に受かったので、理学部に入りました。だからその当時は将来植物をやるとは全然思っていなかったし、高校のときにむちゃくちゃ悩んでいたのが、まったく今に結びついていないです。

 

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柳沢:大学では、いろんな大学の学生が暮らす下宿に入りました。それで、下宿の新入生歓迎会のときに、「将来何を研究したいの?」って聞かれて、「とりあえず核融合を」って答えたんです。そうしたら「核融合は核分裂よりもっと放射能を出すから、あんなもん絶対にやめとけ」って言われて、目標が一瞬でぱあーってなくなっちゃたんです。大学の授業は、例えば数学が得意な人は、高校の段階で大学の教養課程の数学なんて全部終えているんですよ。で、先生もそういうレベルの高い学生相手に授業をするから、もう全然わからない。化学も物理もそうでした。でも、生物だけはわかったんですよ。わかったつもりになっていただけかもしれないけれど、なんとか食らいついているとわかった気がして、はじめておもしろいと思ったのが、生物学だった。その中で植物に興味を持ったのは、大学2年生ですね。植物の実習があって、初めて樹木の名前を教えてもらいました。当時は植物がおもしろいというよりは、名前を覚えるのがおもしろかったんだと思います。あと、高校までは口を開けていると勝手にぎゅうぎゅう知識をねじこんでくれるけど、大学に入ったら自分で何かやらないと何も得られないんだなって思いましたね。

 

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早春の花、カタクリ(飛騨市河合)/撮影:柳沢

 

――いろんな生き物がいる中で、植物にどんな魅力を感じたんですか?

柳沢:理学部にはいろんな生物の先生がいて、その先生たちが代わる代わる教える授業があったんです。今でも覚えているのは、ミミズの授業。ミミズのホルマリン漬けって、見た目はホワイトアスパラそっくりなんですよ。それを解剖しました。当時、ミミズは明らかになっていないことが多くて、だから今ミミズの研究者になれば、誰でもトップに行ける。どう?って言われたんだけど、こんな毎日アスパラガスつつくのはないな~と思って、ミミズはやめました。あと魚の授業では、骨格標本を作ったんです。新鮮なスズキをビーカーでぐつぐつ煮るんですけど、めっちゃくちゃいい匂いがしてきて、腹減ったなあ、普通に焼いて食ったらうまいのになあって。茹でて身をはがして、並べて、骨格標本を作ったことはよく覚えているけど、魚もやろうってならなかったなあ。なんで植物だったんだろうねえ。最初にフィールドで詳しく観察した生き物だったからかもしれない。それと先生が強烈で、話がおもしろかったことも影響していると思います。一見動かなくて変化のないように見える植物にも、ちゃんと暮らしがあって、大げさに言えばドラマがある。そんなところが魅力なのかもしれません。

 

――感謝される仕事がいいって言われていましたが、植物を選んだことでそこはどう消化できましたか?

柳沢:はっきり言って最初はあきらめていました。特に理学系の研究者はぶつかる壁で、「この植物のこの変な形がさ」とか、「こんなおもしろい生態しているんだよ」って言っても、わかる人にしかわからない。だから、「それはなんの役に立つの?」っていう、腹の立つ質問が来るわけですよ。声を大にして言いたいのは、基礎研究は大事だし、何かの役に立たなきゃいけないプレッシャーをはねのけて、自分がおもしろいと思うことを突き詰められるかどうかってすごい大事だと思います。でも、自分の興味を満たすためだけにやっていたら、国や県の予算を使っている意味はないので、そこに対しては還元する必要はありますよね。なので、自分がおもしろいと思ったことや、研究でわかったことを、他の人に興味を持ってもらえるように伝えるってことが、つまるところ人の役に立つってことなんだろうなって、今は思いますね。そういう意味で講座とかイベントをやって、一般の人に楽しんでもらったり、おもしろかったですって言ってもらえたりすると、報われる気持ちになりますね。

 

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扇状地を活かした中山間地の里山集落。「日本で最も美しい村」連合に加盟している(下呂市馬瀬)/撮影:柳沢

 

 

生物至上主義からの脱皮

 

――先生が里山と出会ったのは、大学のときですか?

柳沢:里山と出会ったきっかけは、田端さんという植物生態学の研究者です。僕の大学院時代の師匠なんだけど、当時田端さんのテーマのひとつが里山だったんです。京都の京阪名丘陵という、なだらかな土地に里山があって、そこに大学を作る計画がありました。僕が大学院生のときに、その土地の調査をやることになりました。当時は、一流の自然は白神山地のブナ林みたいな原生林で、里山のような身近にある自然は二流の自然だから、あまり価値はないって言われていました。ところが、京阪名丘陵を調べてみたら、絶滅に瀕しているものがザクザク出てくる。アリも北方系と南方系が両方いる。身近な自然の中に、貴重なものやおもしろいものがいっぱいあったんです。そのときの経験ってすごい意味があったなって今でも思います。あと、よく覚えているのは、里山はすっごい気持ちのいいところだって思ったこと。これがなくなるのはもったいないなって気持ちになりました。

 

――先生の中で、里山や自然に対する考え方は変わってきていますか?

柳沢:そうですね。そのあと、里山の生き物について詳しく知ったり、人と里山の関わりを知ったりする中で、いろんな価値のある自然だってことがわかりました。大学院生の頃は、それこそ一流の自然と二流の自然があるって考えていたし、生き物は生き物だけで価値を持つって思っていました。でも、今はすこし違うと思っています。

 

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しいたけのほだ木。きのこの栽培も、里山の利用のひとつ。/撮影:柳沢

 

柳沢:生き物が好きな人にとっては、生き物に価値があるのは当然で、他の人もそう思っているって思いがちなんですよ。だけど、生き物が嫌いな人や興味のない人にとっては、それよりも自分の生活の方が大事だし、もっとお金の使いどころがあるんじゃないのってなりますよね。開発か、保全か、みたいな対立があるときに、保全側の論理が生物至上主義から抜け出せないと、どこまでいっても話は平行線でまとまらない。だから、いったんそこから離れて、長い目で見ると自然を守ることが自分たちの利益につながるんだってことをちゃんと示すことができれば、そこにひとつの結論があると思っています。最終的に人間のためにやっているんだよっていう価値観をみんなで共有できれば、そこに落ち着くんじゃないかって思いますね。

 

――先生がそう思うようになったきっかけは?

柳沢:教員になって結構経ってからなんですけど、里山の保全をやっている団体の中で、うまくいっていないところを見るにつけそう思ったかな。保全をやりたい人たちもいれば、逆に自然保護に目くじらを立てている人たちもいる。バチバチに対立するんですよね。でもちょっと離れて見てみると、これって本当に対立しかないのって思って。

――ある意味、妥協?

柳沢:うーん…。でも、僕は妥協じゃないと思いたい。だからこそ里山なんですよ。里山は妥協の産物で里山になっているわけではなくて、あれがいいから里山なんですよね。里山のいいところは、人の文化と生き物を守っているバランスがちょうど取れているところだと思うんです。それに、人の文化を介して生き物を見ると新しい発見がある。自然だけに価値があるわけじゃないし、人間だけに価値があるわけでもない。それが里山のあり方かなって思うんです。人が豊かに暮らしていくために、お金さえあれば幸せかと言うと、そうじゃないし、お金じゃない部分でいかに自分が豊かに暮らしていけるかは、里山のあり方がいちばん近いのかなと思っています。極論で言えば、ひとりひとりの幸せを突き詰めていった中に、里山がどうあるべきかとか、人と自然がどう付き合っていくべきかの答えがあると思うんです。そういうことを伝えられたら、還元できたってことなんじゃないかな。誤解の無いように言っておくと、もちろん原生的な自然は、里山とは別に人間が干渉しないようにしっかり守らなければいけないし、過去の自然史込みでちゃんとリスペクトする必要があると思っています。

 

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学びに時間が足りないのは、永遠のテーマ

 

――アカデミーに来た経緯を教えてください。

柳沢:アカデミーに来たのは、恩師の先生が引っ張ってきたからなんだけど、そのときはここに学校ができることもまだ公になっていなかったから、「お前中部地方の学校行くか?」「どんな学校なんですか?」「詳しくは言えん」「え、何県ですか?」「それも言えん」とかって、そんなので決められるかって思ったんですけどね。開学1年前に準備室ができて、そこに他の先生と一緒に入って、アカデミーの学則とか、いろんなことを自分たちで調べて考えました。大変でしたよ、ほんと。あとね、最初はカリキュラムもガチガチで、今みたいに柔軟じゃなかった。学生がこんなんじゃだめだって言って、それに応えるかたちで開学して1年でカリキュラムを改変して、今に近い仕組みになりました。

――他に、設立当初と今と変わっているところはありますか?

柳沢:そうねえ。教員同士が仲良くなったかなあ。

――あはははは!

 

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ゴマシジミとワレモコウ。ゴマシジミの幼虫はワレモコウを食べている。里山は植物、昆虫、人間など多くの生き物が奇跡的に絡み合って成り立っている。/撮影:柳沢

 

――アカデミーは2年制で、大学とくらべると時間も余裕もなくて、広く浅くしかできない。それでもアカデミーは魅力的なんだってポイントを教えてください。

柳沢:刺さる質問だねえ!いやそれは、永遠のテーマですよ。だけどひとつの答えは、2年間なのに卒論に相当する課題研究があることかな。2年制の専門学校でそれをやっているところはほとんどないと思うし、2年間しかない学びの時間を大きく使ってしまっていいのか、という考えもあると思います。でも、課題研究なしでなんとなく2年間過ごしちゃうと、卒業後の進路もしぼれないし、やっぱり最後に学びをきゅっとしめる何かがあった方がいいと思うんです。設立当初は課題研究もアカデミック色が強かったけど、今は論文にはこだわっていないですね。いろんな発表のかたちがあって、絵本の読み聞かせの人もいたし、自分で作った刀の鞘をざっと出してきて「私は鞘師になります」って言った人もいたし。専攻によっては論文とそぐわないところもあるから、課題研究にもそれぞれのスタイルがあっていいと思います。それもアカデミーのいいところじゃないかと。多様性大事です。あとは他の先生も言っていると思うけど、分野横断的な取り組みがしやすいところかな。

 

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集落を取り囲む里山には、多くの春植物が咲き乱れる(飛騨市宮川町種蔵)/撮影:柳沢

 

――アカデミーの環境はどうですか?

柳沢:建物は正直言って微妙ですね。でも不便だからこそ、工夫して生きていこうという、我々の能力を引き出してくれていると思うようにしています。組織の話で言えば、アカデミーは専門学校なんだけど、専門学校とはちょっと違う。大学でもない。だからユニークなんでしょう。でも妥協じゃないし、中途半端でもない。そこにはまる人たちがいて、そこにはまる教育があるので、これはいいところですね。あと、人的環境で言えば、熱血教員が多数います。とにかく熱血!むずかしい話をされても、細かいことはわからないんですよ。でも熱血具合は伝わる。なんか残るものがある。話している方が乗ってくると、聞いている方もおもしろいし、そのライブ感ってすごい大事で、それってその分野に対する熱い想いがあるからこそできることなんですよ。あともうひとつは、教員と学生の距離が近いこと。それは、良いことも悪いこともあるかな。距離が近いから進路を含めた人生相談の深いところまでいくこともあるし、でもそれに引きずられて教員が疲弊することもあるし、逆にうまくいくことだってある。

 

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アマガエルのような小さな生き物たちが、里山の生態系の上位の生き物を支えている。/撮影:柳沢

 

――20年間教員をやってきて、学生たちにどういう人になってほしいですか?

柳沢:自分の専門分野のはなしでいうと、人と自然の付き合い方を考えながら、仕事をしてほしいなと思います。今の時代、経済をとことん突き詰めるモデルは破綻していると思うんです。だから、人が自然に対してどこまで謙虚になれるのか、資源利用の限界をわかった上で付き合っていくことが問われていると思います。それをいろんな分野で追及していってほしい。もうひとつは、もうちょっと大きな視点で、生態系の中での人間の位置を考えてほしい。森に関わることは、その両方を必要とするので、どの分野に行った人でもそれを心に留めておいてほしいです。自然のことしか考えていない人はダメですけど、でも人間のことしか考えていないのはもっとダメかな。その両方を考えられる人になってほしいです。

 

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――これからアカデミーに入学したい人たちに向けて、メッセージをお願いします。

柳沢:疑問を持つことはすごく大事なので、新聞やネットのニュースを鵜呑みにしないで、先生に聞くなり、専門家に聞くなり、より知識や理解を深めてほしいです。アカデミーはそれができる環境があるので。エンジニア科は、自然にわいてきた興味や、自分の「これ好き」を大事にしてほしい。多分、その延長線上に自分の仕事があったり、仕事にはならなくても大切なことがあったりするので。まわりの人から、そんなつまんないことやめたらとか、もっとお金になることやれよとか言われても、屈してはいけない。自分の中にある、大切なことを大事にしてほしいですね。クリエーター科は、頑張ってもがいていたら絶対なにか見つかると思うので、ぜひ来てください!上からこうしろってことは言えないけど、一緒に悩むことはできる。よくね、楽しそうだって言われるんですよ。

――楽しそうに見えます。

柳沢:そうですか?昔、エンジニア科の学生に、将来なにになりたい?って聞いたら、アカデミーの先生になりたいってよく言われたんです。楽しそうだからって。そのたびに、先生の苦労がわかってない!って憤慨していたけど、考えてみたら光栄なことですよね。楽しみながら働ける、やりがいのある職場はなかなかないと思います。

 

インタビュアー ヤップ ミンリー(森と木のクリエーター科 木工専攻)

 

 

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