アカデミー教員インタビュー

行き先は、心動かされた世界

渡辺 圭(木工専攻)

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もともと九州でオーダーメイドの家具職人をしていた渡辺先生。偶然の出会いが重なり、見えない流れに乗ってみたら、岐阜のアカデミーにたどり着きました。森を感じる家具づくりに挑戦している渡辺先生の人生を、じっくり聞いてみました!

 

 

 

グラフィックデザイナーから家具職人へ

 

――渡辺先生は美大の出身ですが、進路はどうやって決めたんですか?

渡辺:あんまり「勉強する」ってことにピンとこなかったんですよね。何のために数学や英語をやるのか、何の役に立つのかが腑に落ちなかったというか、好きじゃなかったんですよ。それよりも小学校の頃から図画工作や美術が好きだったので、それで父親が「美術大学っていうのがあって、美大受験のための予備校があるよ」って教えてくれたんです。好きなことをやってそれがちゃんと勉強として認められているんだったら、そんないいことはないなって思いました。

 

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渡辺:そこから美大に行くことを考え始めたんですけど、心を決めたきっかけのひとつは、高校生のときに見た、エッシャーという版画家の展覧会でした。だまし絵のような作品とか、計算し尽くされた図形の作品とかを見て、すごくおもしろいなと思ったんです。あと、福田繁雄っていうグラフィックデザイナーがいるんですけど、その人もだまし絵とか反戦的な絵を描く人だったんですね。高校生のときに、この福田さんとお会いする機会があったんです。あこがれていたのもあって、グラフィックデザイナーって仕事に興味を持ちました。それで、大学ではグラフィックデザインを学ぼうと思って美大を受験しました。

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――大学ではグラフィックデザインを学ばれたんですね。

渡辺:そうですね。でも、グラフィックデザインの専攻には受からなくて、基礎デザイン学科って言う、総合的なデザインを学んだり、デザインを学問的に考えたりする専攻に行きました。その中でグラフィックデザインを学ぼうと思っていたんですけど、当時はすでに福田繁雄さんのように、グラフィックデザイナーとして絵を描いて食べていけるような時代ではなくなっていたんです。それをわかった上で、それでもグラフィックデザインをやりたいと思って大学に入ったんですけど、それがどういう仕事につながって、将来どうやっていけばいいのかはよくわかってなかったんですよ。心動かされたところに進んでいったんですけど、大学に入っていろいろ学んだり、その後就職活動をしたりする中で、なんかちょっと違うなっていうのは、うすうす感じてはいたんです。それでも、グラフィックデザインの仕事をやるんだって思い込んでいたところがあって、大学卒業後はグラフィックデザイン事務所に入りました。そこでは、本の表紙のデザインとか、構成のデザインをやっていたんですけど、違和感があるまま働いていたんです。好きな部分もあったんですけど、すごく自分に合っているかって言われるとちょっと違うかなと思いつつ、もがきながら仕事をやっていましたね。

 

 

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木工専攻の工房の様子

 

――そこから、木工を仕事にしようと考えたきっかけはなんですか?

渡辺:グラフィックデザイン事務所での仕事は、納期が近いときはすごく忙しかったんですよ。そのストレスを解消するために、当時住んでいたワンルームの狭い部屋を自分で改装したんです。ホームセンターで木のチップを固めたパーティクルボードっていう板を買って、図面をホームセンターのおじさんに渡して、こう切ってくださいってお願いしました。50カットくらいあったのでおじさんもびっくりしていたんですけど、1時間くらいかけて切ってくれました。それをビスで留めて本棚を作ったり、一段床を上げて掘りごたつを作ったりしたんです。

 

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職業訓練校での卒業制作。3~4人グループで制作し、デザインも担当した。

 

渡辺:それがきっかけで、もっといいものが欲しいな、もっといいものが作りたいなって思ったんですよ。思い返してみると、小学校の頃は図画工作が好きだったし、中学高校でも美術が好きだったんですけど、どっちかって言うと、絵を描くよりも工作の方が好きだったんですよね。美大受験の予備校に通っていたときも、グラフィックデザインを選んだので、その受験に向けた課題がいっぱい出たんですけど、それ以外にも粘土で作品を作ったり、紙を切って立体物を作ったりする課題もやらせてくれたんです。それをやっていたときはすごく楽しかったなって思い出したんですよ。それで、何かを手で作る仕事の方が向いているのかもしれないなって思いました。予備校時代は、グラフィックデザインに行くと決めていたから気がつかなかったんだなって。それで、2年半働いたグラフィックデザイン事務所を辞めて、埼玉にある木工の職業訓練校に通いました。

 

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山あり谷あり家具屋人生

 

――木工の職業訓練校を卒業して、すぐに自分で工房をやろうって考えていたんですか?

渡辺:いや、全然そんなつもりはなかったですね。技術が身に付けばいいかなって思っていたので、職業訓練校を卒業したあとは、横浜の工房に就職したんです。でも、自分でこういうものが作りたいなと思っても、他の工房に入っていたら作れないことに気が付いたんですよね。それで、自分の作りたいものを作るためには自分でやるしかないんだなってだんだん思うようになっていて、じゃあそのためにはどうすればいいかなって考えるようになりました。

 

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渡辺:木工の業界は職人の世界なので、独立するための手段を教えてくれるところは少ないんですけど、宮崎県に3年間働いたら独立を支援してくれる有名な工房があったんです。その工房は独自の考え方を持っていて、3年間で独立できるようになるためのプログラムがすごくしっかりしていたんです。自分は福岡県北九州市の生まれで、独立するなら地元がいいかなと思っていたので、宮崎だったら地元にも近くなるし、それでその工房に入って独立しようって決めました。

 

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宮崎の工房時代、自主制作で知人に作った家具。

 

――独立することに不安はありましたか?

渡辺:不安がまったくなかったわけではないんですけど、それよりも期待の方が大きかったかな。もちろんリスクはあるので、なるべく軽減させてはいました。例えば、独立するときには家とショールームと工房が必要なんですけど、そこが大きなハードルなんです。家賃の安い物件をすごく探したんですけど、なかなかむずかしくて、結局賃貸ではなくて、競売物件っていう裁判で差し押さえられた物件を購入して、そこを工房にしました。その物件を見つける前は、実は地元のソファ工場の片隅を2年くらい間借りしていたんです。宮崎の工房にいるときから、ちょこちょこ地元に帰って工房の場所探しはしていたんですけど、なかなか見つからなくて、それで知り合いのつてでソファ工場の社長を紹介してもらって、ご厚意で使わせてもらっていました。それはすごく運がよかったですね。

 

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ソファ工場の片隅を間借りしていたときの様子

 

――その頃の作りたいものってどんなものだったんですか?

渡辺:結局、家具屋として家具を作るって言うのは、お客さんのものを作ることになるんですよ。自分が家具をデザインして、そのデザインを気に入ったお客さんが買ってくれるので、そういう意味ではお客さんのものを作る=自分の作りたいものにはなっていましたね。あと、ナラ材が好きでした。昔から小学校の床材やテーブルとかに使われている木で、色味もすごく好きだったのでよく使っていました。でも当時、国産のナラ材はほとんど手に入らなかったんです。北海道産のナラはあるんですけど、九州にまでは流通しなかったし、アカデミーに来て飛騨産のナラがあることを知ったんですけど、当時は全然知らなかった。なので、どうしても国産材はむずかしくて、ロシアや東欧のナラを使っていました。外国産材は節や割れなどの欠点が少ないので、結果的に品質の高い家具になるんです。必要に応じて外国産材を使うことは今でも必要だと思っていますが、いろいろな社会情勢に左右されやすいので、現状として価格も高騰していて、入ってくる量も少なくなっている。国産材、外国産材をどう使うかはバランスが大事なのかなと思っています。

 

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家具屋時代に作ったチェスト。職業訓練校の卒業時に作ったものと似ているが、作りはまったく違い、手間は数倍かかっている。

 

――独立して新しくはじめたことってありましたか?

渡辺:オーダーメイドの家具屋ってめちゃくちゃ入りづらいじゃないですか。定番品があるわけじゃないので、価格もホームページにしっかり載せてはいなかったし、行ってみたいけどちょっと怖い…って思われることも多かったんです。それで、来てもらえるきっかけになるかなっていうのと、もうちょっと身近に感じてもらいたいなと思って、ワークショップをやることにしました。約1年間、毎月やってみたんですが、これがすごく大変でした。地元の広報誌に参加者募集の記事を載せてもらっていたんですけど、そうすると2カ月先の記事を書かなきゃいけない。だから、2カ月先のものを考えて試作して写真を撮るのと、翌月の準備をするのと、今月のワークショップを開催するのを、常に3つまわしていたので、まあしんどかったです。でも、それを続けたおかげで、つながりができたことは大きかったですね。ワークショップがきっかけで、他のイベントに呼ばれることもあったし、息子の通っている保育園から野外で使う椅子を作ってほしいと依頼されて、子どもたちと一緒に色を塗って組み立てるのもやりました。ワークショップは家具製作とは違うスキルが必要になので、そういう意味でもやってよかったなって思いますね。

 

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保育園でのスツールづくりワークショップ。これがきっかけで、他のところでも形を変えて実施した。

 

 

「山の木」と「家具」と「使う人」をつなげたい

 

――北九州の家具屋さんから、アカデミーの先生になったきっかけはなんですか?

渡辺:家具の材料としてよく使われている堅い広葉樹は、寒い地方で育ったものが主流なんです。だから、九州で地元に生えている木を使うのはむずかしかったんですよ。ケヤキとかクスノキであれば地元の材を使うことはできるんですけど、でもほとんど流通はしていなかったんです。北九州市は八幡製鉄所がある鉄の町で、一応森林組合はあったけど林業がさかんな場所ではなかったし、製材所もなかった。だから結局、地元の広葉樹を使って家具を作ることはできなかったんです。

 

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家具屋時代にやっていたカリンバづくりワークショップ

 

渡辺:でも何か方法がないかなと探していたときに、森から伐ったばかりの乾燥してない木を使って小物や家具を作る「グリーンウッドワーク」だったら、製材所がなくてもできるかなと思って関心を持ったんです。そこからいろんな偶然が重なって、当時アカデミーの木工の教員だった松井先生という方が、たまたま息子の保育園のすぐ近くで、箱椅子づくりの指導者養成講座をやることになったんです。アカデミーのことは妻が知っていて、それで自分も学校のことは知っていたので、じゃあちょっと行ってみるかと思って、その講座に参加しました。その半年後、今度は久津輪先生のグリーンウッドワークの講座があって、それに参加するために初めてアカデミーに来ました。そのときは、なにか見えない流れみたいなものがあったんですよね。自分が家具屋をやっていた中では、地元の材を使うことはなかなか実現できなくて、それにもどかしさを感じていたんです。アカデミーに来ることで、もちろん教える立場にはなるんだけど、それ以上に自分の世界がかなり広がるんじゃないかなって感じていました。その可能性がすごく魅力的に思えたし、試してみたいなっていう想いがあって、縁あってアカデミーに来ることになりました。地元に戻ったときは、ずっとここでやっていこうと思っていたので、まさか岐阜に来ることになるなんて、まったく想像はしていなかったですね。

 

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小径広葉樹材で制作した机

 

――こんなことができたらいいなって思うことはありますか?

渡辺:アカデミーに来てすぐ、飛騨市との地域連携に関わらせていただいて、それで飛騨市産の木材を使って収納家具を作る授業をやっているんです。その授業の中で、家具の材料になる、伐採した状態のままの原木を見に行くんですけど、木工の人が家具の材料を見に行くってなると、板の状態になったものを見に行くことが多いんです。もちろん原木から仕入れて製材して使う人もいますが、輸送や乾燥などが大変なので一般的ではないと思います。あまりやられていないからこそ、この原木がこの板になって、この家具になったっていうつながりが全部見えるようにしたいなと思っているんです。ゆくゆくはさらにもう一歩踏み込んで、この山のこの場所に生えていた木が原木になって、板になって、家具になるっていうところまで、全部たどれるようになるといいですね。それがアカデミーの演習林の木でできると最高だなと思います。今の演習林は広葉樹が少ないので時間はかかるとは思うんですけどね。

 

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飛騨市に原木を見に行った様子

 

――山から家具になるまで全部たどれるようになると、作る人と使う人の両方にどんないいことがあると思いますか?

渡辺:家具屋をやっていた立場からすると、例えば原木の状態でここに枝があって、その枝があった部分はこの机のここですよって伝えられると、すごくおもしろいなって思うんです。そこにストーリーができるので、すごいアピールポイントになるんですよ。お客さんにとっても、いつのどこの材かわからないものよりも、この山のこの木をこの人が伐って、この人が製材して、板になったものをこの人がこの机にしましたって言える方が、すごく価値があると思うんですよね。より愛着がわくと思うし、家具のことを愛おしく思ってもらえるんじゃないかな。そうなると作る側としてもうれしいですね。

 

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――アカデミーに入学したい人、森に関わる仕事をはじめたい人に向けて、メッセージをお願いします!

渡辺:なかなか他ではできないことをやっている学校だなって思います。例えば、公園から木をもらってきたから簡易製材機で挽こうとか、演習林から伐ってきた木を製材してお弁当箱を作ろうとか、そういうことが日常的に起こるんですよ。それをハードルなくできる環境があるっていうのはすごくめずらしいし、すごく魅力的だと思います。他の木工系の学校だと、技術を学ぶことがメインになっているところが多いので、森や環境のつながりも含めて学べるのは、アカデミーならではだと思いますね。技術を学ぶためにもう少し時間がほしいって話もあるんですけど、それ以上に得るものは大きいと思う。技術は、時間とやる気があればどこでも身に付けられると自分は思っていて、でも森を知った上でものづくりをすることは、なかなか簡単に得られるものではないと思いますね。

 

インタビュアー 森 日香留(森と木のクリエーター科 林業専攻)

 

 

 

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