建築の道を、まっすぐ歩む。

辻 充孝(木造建築専攻)

 

辻先生は、開学当時から20年以上、アカデミーで教えている数少ない先生のひとりです。高校生のときに、将来は建築を仕事にしようと決めて、そのまままっすぐ建築の道を歩んできた辻先生。歩んでいく道を決めたきっかけは、ひとりの建築家との出会いでした。

 

プラモデル好き少年、建築を志す。

——建築の道に進もうと決めたきっかけは、なんだったんですか?

辻:ものを作ることが子どもの頃から大好きで、夏休みの自由研究で動く貯金箱を作ったり、自分で設計図を描いたりしていました。プラモデルも好きで、特に車やガンプラやお城をよく作っていて、自分で設計してこんな精度の高いものが作れるとおもしろいだろうなって思っていました。自分が作ったものを見て、まわりの人がこれすごいじゃんと言ってくれたので、「おれって工作得意なんだな、器用なんだな」って自信にもなりましたね。中学生くらいのときは、将来の仕事として画家とか造形作家になりたいなって思っていました。でも親から食べていけないと心配されて、「ものづくりが好きなら建築とかどう?」ってときどき言われていたんです。それが頭のどこかに残っていて、建築もいいかも、むしろ好きだしって。それで、高校に入ったときには将来は建築に進もうかなと思っていました。

 

 

辻:大学を考えるときに、建築は大きく分けて工学部と芸術学部という選択肢があったんです。当時は、工学部って数字を追いかけながら建物を作っていくイメージがあって、自由に作れなさそうって思っていたんです。おもしろいかたちとか、きれいな空間とか、この景色すごいねっていう、子どもの頃に感じていた楽しさが工学部では表現できないんじゃないかって。あと、高校は理系だったんですけど、数学があまり好きではなかったんです。まわりがめちゃくちゃ優秀で、ついていけなかったんですよ。それで数学を本格的に使う仕事は無理だなって。でも建築をやりたいので、じゃあ芸術学部の建築学科に行こうと思いました。ぼくは兵庫県出身で、建築学科のある芸術大学を調べたら、近くに大阪芸術大学があったんです。それで、学校見学に行ったんですが、そのときに見た校舎がすごくかっこよかったんですよ。素材はコンクリで、塗装せず、コンクリートらしい素材感がぐーっと引き立っていて…。それを見たときに、ここで学びたいなと思って、大阪芸術大学に行こうと決めました。

 

人生を決めた、ある建築家との出会い

——大学生活はどんな4年間でしたか?

辻:非常におもしろかったですね。芸術の総合大学だったので、ぼくの下宿の両隣には写真学科、デザイン学科の子が住んでいて、同じ1年生だったのでよく遊んでいました。写真学科の子は、当時写真はフィルムだったので、ユニットバスを使って大きな写真を現像していたんですよ。それをちょっとやらせてもらったり、自分でも写真を覚えたりしました。あと他にも音楽学科とかいろんな同級生と知り合って、みんな全然違う考え方を持っている。視野が広がったことがそのときの宝物ですね。

 

 

辻:大学2年生のときに、非常勤講師だった三澤文子という建築家の授業があったんです。1年生のときは、かっこいいデザインすると「今まで見たことがないかたちでいいじゃない」って先生がほめてくれたんですけど、それを三澤さんに見せたら「これなんの意味があるの?」とか「作るのにどれだけお金がかかると思ってるの?その価値あるの?」とか、結構現実的なことを言われたんです。でも三澤さんの設計した住宅とか建築の写真を見せてもらうと、それぞれの場所がかっこいいんだけど、すべて意味がある。これはすごいなと。今まで実現不可能な建築ばっかり考えていたけれど、実現しながらそこに意味があると、仕事としてもすごく意義があるだろうなと思いました。それで、4年生になってゼミを選ぶときに、三澤ゼミがあったんです。でも、やっぱり大阪芸大らしくない先生で人気があったんですよ。で、どうやってゼミを決めるかというと、じゃんけん。高校のときはついていけなくて勉強が嫌いだったんですけど、大学はいろんなことが面白くて、成績は上の方にいたんです。だから「え、成績じゃないの?」って思いましたね。4人しか入れないところ、10人くらい希望があったんですが、じゃんけんで勝ち上がって、何とか三澤ゼミに入ることができました。私の人生の中でこれはすごく大きかったですね。

 

アカデミーの学生と設計に携わったmorinos(モリノス)

 

——三澤ゼミでは、どんなことを学んだり設計したりしたんですか?

辻;もともと僕はインドア派で、大学のときも、わりと下宿と大学が近かったので、大学行って、下宿に帰って、課題やって、みたいな生活で、あんまり出歩くことがなかったんです。でもゼミに入ったときに、半強制的に合宿するぞってなったんです。え、そんな、合宿…?体育会系いやだなって思いながら行った記憶があります。「木匠塾(もくしょうじゅく)」という、いろんな大学の学生が集まって、岐阜県の山奥で一週間くらい寝泊まりしながら、各大学で木を使っていろんなものを作っていく合宿でした。そのときは公園の遊具を設計する課題だったんです。でも、とっかかりがよくわかんないんですよね。木ってどんな大きさなの?とか、どこで買うの?とか。予算はこのくらいだからねって言われるんだけど、そもそも木の値段も知らなかったので、三澤さんに「そんなこともわからないの!?」って怒られました。それで、サイコロみたいなキューブを作って、それをつないで組み合わせてジャングルジムっぽくできるような遊具を考えました。なんとなく方向性は決まったんですけど、じゃあサイコロ同士をつなぐフレームの大きさどうしようって壁にぶつかったんです。デザイン重視の大学なので、例えば子どもが乗って遊んだときに、どのくらいの重さまで耐えられるのかという構造計算ができないんですよ。だから、感覚で6cmくらい?4cmくらい?って決めたんですけど、でもどうやって留めるのかわからない。釘じゃないよね?とか言いながら、ホームセンター行くと金物が売っていたので、その金物を付けて三澤先生に見せたら、「なにこれ?こんなん付けるの?素人〜」ってまた怒られて。それで、なんとか設計をまとめて、材料の段取りをして、合宿先に送って、一週間の合宿で作りました。そのとき、木ってむずかしいなって感覚はあったかなあ。なんでも加工できるってことは、こっちで指示しないと何も作り出せないみたいな。既製品の組み合わせじゃないんだなっていうのが見えてきましたね。

 

アカデミー開学初年度の木造建築専攻の授業。学生と一緒に作業を行っている(中央が辻先生)

——木造建築をやろうと決めたのもその頃ですか?

辻:そうですね。学生のときに三澤さんの自宅に伺ったことがあって、そのときの印象がすごくよかったんですよ。柱は奈良の吉野杉を使っていて、塗装はしていなかったんですけど、飴色に輝いていたんですね。木ってこんなにきれいに育つんだって初めて知りました。コンクリートもそこまで悪くないんですけど、時間が経つとやっぱりちょっと薄ぼけてくる印象があったんです。でも木は、時間が経ってきれいになる素材なんだって驚きました。それ以外にも、壁には漆喰(しっくい)が塗られていたんですけど、塗った直後は黄色っぽい黄土色だったけど、徐々に紫外線で真っ白になっていったんだよと聞いて、自然素材はそういう力があるんだってことも初めて知りました。木は素材としても個性があって、ひとつひとつ木目や色味が違うし、時間が経てば経つ程、うまく年をとってもらえればきれいになる。それをデザインできるってすごくおもしろいことだなと思いました。

築140年の古民家を改修した辻先生の自宅

 

はたらきながら学び、学びながらはたらく

 

——大学卒業後はどのようなお仕事をされて、アカデミーに来ることになったんですか?

辻:卒業後は、三澤さんの設計事務所に就職しました。最初入ったときから5年契約と決められていました。短くても長くてもダメだからねと。事務所に入って最初の仕事は役所調査でした。土地ごとに、建てられる建物の大きさや高さの上限がわからないと、住宅の設計はできないので、建築の法的な規制を調べてきなさいって言われました。でも、まったくわからないんですよ。大学では建築の法律の授業もあったんですけど、全然覚えてなかったので、怒られながらひたすら勉強しました。それから、就職したのが阪神大震災の直後だったので、木造住宅の耐震など、安全性のことを中心に学んでいました。あとは、住まい手さんと山をつないで、山から直接木材を買ってもらうとか、地元の木材をいかに使うとか、木材流通がメインでしたね。それで、5年間事務所で働いて、卒業しなきゃいけないタイミングで、ちょうど森林文化アカデミーが開学することになったんです。木造建築専攻は三澤さんが核となって教育プログラムを作ることになった。そこで、学生にちゃんと教えられる、サポートできるスタッフがほしいということで、助手としてアカデミーにやってきました。当時27歳で、同い年や年上の学生もいましたね。

 

学生と実施設計打ち合わせ

辻:今、ぼくの専門が、電気やガスなどのエネルギーをたくさん使わなくても快適に暮らせる省エネ住宅とか、快適に過ごせる温度や湿度といった温熱環境なんですが、これは実はアカデミーに来てから身につけたものなんです。毎年1〜2件くらい、住宅などの設計もしていたんですが、その中である住宅の設計を依頼されたんです。依頼した人はエンジニアで、その人がたまたま建築雑誌を買ったら、省エネ特集で数字ばっかり書いてある。「エンジニアなので家を数字で見られるとおもしろいですね。こういう省エネの効果あるんですけど、辻先生できますか?」と聞かれたんです。できなかったんですけど、雑誌をパラパラって見てこれならできるかもと思って「(今から勉強するけど)できますよ」って言いました。雑誌に書かれている数字くらいは、数学が苦手でもそれなりに理解できたので、これはできそうかなと。そこから一生懸命勉強してみたら、おもしろかったんです。省エネ設計すると、例えば1年間でこれくらいのエネルギーを使って、このくらいの電気代・ガス代になるという予測ができるんですよ。こんな計算ができるんだと、そこではじめて知りました。それで、ひと月後の打ち合わせのときに、1年で使うエネルギーの予測を説明しました。その後、その依頼した人が、設計した家に住んで使ったエネルギーのデータを送ってくれたんですよ。見ると予測がだいたい合っていたんですね。そのとき、これはすごいな、設計に取り入れるとおもしろくなるぞと目覚めました。それから快適な温熱環境とかエネルギーを設計するところにはまりこんで、勝手にいろんな先生のところに話を聞きにいったり、本を読んだり、勉強して今に至ります。それが15年くらい前ですね。

 

アカデミーで学生と設計に携わった個人住宅

 

——アカデミーで20年教えていて、ここがすごいな!と思ったところは?

辻:多様性がすごいんですよ。特にクリエーター科の学生の経歴がみんなすごい。システムエンジニアやっていた人とか、弁護士目指してる人とか、インテリアをバリバリ実務でやっているんだけど木造建築をやりたいって入って来るとか。ぼくも学ぶことがたくさんあるし、学生同士も刺激受け合っています。卒業生との付き合いも結構あるので、これまでアカデミーが踏まえてきた歴史がそのまま次に繋がっていっているようなかんじですね。ぼくは、大学で建築を学んで、卒業後は建築の事務所に行ってアカデミーに来ているので、横道それずに建築ルートなんですよ。でもアカデミーの学生は、回り道をしながらここにたどりついてる人が多いんだけど、まわり道は結構いいことなんじゃないかな。いろんな視点を持つってすごく大切で、それがその人の個性をさらにのばしていくことにつながっていくので。よくこんな人が来るなっていうのは毎年思いますね、ほんとに。

 

 

——これからアカデミーに入学する人や、森に関わる仕事をしたい人に向けて、メッセージをお願いします!

辻:建築でも林業でも木工でも環境教育でも、ベースは暮らしだと思うんですね。なので、暮らしそのものを大切にできるような考え方を持った人を期待しています。暮らしをベースにして、将来の子どもたちや、自分たちも含めたいろんな人にどんな提案ができるかということだと思うので、そのヒントとして、森や木は非常に大きなアイテムとして使えるんじゃないか。そのうまい使い方を私たちと一緒に考えながらしっかり学んでいってもらえたらなと思っています。

インタビュアー 岩屋良明(森と木のクリエーター科 林業専攻)

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