2 木造建築病理学
背景
日本の人口は減少の一途を辿っており、それに伴い空き家は増加し続けています。
総務省「令和5年住宅・土地総計調査」によると、およそ7戸に1戸が空き家になっており、2033年には住宅の3戸に1戸になるという統計も出ています。
空き家は、景観を乱すだけでなく、火災の元であり、災害時に二次被害を生み、犯罪の場となる社会課題です。
木造建築は、適切に改修することができれば、100年以上使用することができ、木材特有の経年美化も相まって、価値を向上させることができます。
既存住宅は耐震・温熱・耐久性などを向上させて暮らしを豊かにし、用途を変更してホテルや複合施設など地域のシンボルにすることも可能です。

ですが、改修は新築よりも難易度が高く、設計には高度な定量的知識を伴う総合力が必要です。
まだまだ「直せる建築実務者」が足りません。
直す前の「調査・診断技術」を体系化
改修は人間でいう手術と同じです。手術の前には、的確な診断と、詳細なカルテが必要です。
どんな建物も、調査・診断によって正確なカルテをつくるところから良い改修がはじまります。

「木造建築病理学」は、的確な調査手法、定量的な性能評価、
クライアントへの説明力などの改修技術を体系的に学ぶことができる学術です。
壁や屋根など、開けてみるまでわからないという曖昧さを極力少なくし、
適切に診断・計画する、最先端の改修技術を習得できます。

非破壊で詳細な診断を行うための技術を身につけます

床下調査の様子

開口部の調査を行った野帳

一軒分の「住まいの診断レポート」は100ページに及ぶことも
現地での調査結果を「住まいの診断レポート」にまとめます。
「住まいの診断レポート」では、既存建物の6つの性能を定量的に診断しています。
① 劣化対策
② 耐震性
③ 断熱性
④ 省エネルギー性
⑤ バリアフリー性
⑥ 火災時の安全性
6つの性能を所見とともにレーダーチャートにまとめることで、建物全体の性能バランスが一目でわかり、改修前後の比較もできます。
そしてこのレポートを、一般の住まい手にもわかりやすく伝えるためには、内容についての十分な理解や、伝える技術が無いと出来ません。
これも重要な学習のポイントです。
講座の中では、各種性能の根拠や計算、診断方法に加え、実践例の紹介もあり、
改修方法の様々なパターンや必要なコストを見ることができます。
また、不定期に実施される実物件の調査実習では、現場での確認ポイントや調査の段取り、
野帳のまとめ方などを学び、知識だけでなく、身体で調査分析手法を身に着けることができます。
森林文化アカデミー建築専攻では「木造建築病理学」を必修科目にしています。

沿革
「木造建築病理学」は2006年に森林文化アカデミーで生まれ、その後、「住宅医スクール」として全国に開校され、
いまでは「一般社団法人 住宅医協会」のオンライン講座で、最新の調査診断技術を普及しています。
(一般社団法人住宅医協会HP「住宅医協会の概要」)
森林文化アカデミー建築専攻学生は、授業の「木造建築病理学」に加え、「住宅医スクール」の全講座に参加可能です。
■ 建築病理学とは
ヨーロッパやアメリカでは、古くから歴史的建築物の補修が盛んで、経験的、個別的にノウハウが蓄えられてきました。建築病理学の目的は、全ての建築物に生じる欠陥、不具合の技術的側面を考究すること、建築設計、施工、使用過程における重大な欠陥、不具合を診断し、予防するための情報を提供することとしています。
イギリスでは、建築病理学を用いて、1)既存建築物の劣化診断、補修設計、2)建物の担保価値の評価、3)建物の適法性評価、4)過去の修繕効果の検証、5)維持管理・補修工事の根拠提供、6)建物の用途変更時の根拠提供、7)修繕義務違反建物に関する法的措置の根拠提供などに応用的利用がなされています。このような状況の中、イギリスの25大学には、建築病理学の講座があり、教育も充実しています。
■ アカデミーで「木造建築病理学」が生まれた経緯
欧米に比べ日本では住宅の診断業務がビジネスとして十分拡大してはいませんが、今後の建物の高寿命化と性能の確保の必要性から、必要不可欠な技術体系であると考えられます。
そこで英国での建築病理学とその関連資格を紹介している中島正夫先生(関東学院大学)監修のもと、2006年度に授業科目として岐阜県立森林文化アカデミーでは「木造建築病理学課程」を設置しました。これは教育機関では日本初の設置となります。
「木造建築病理学」を活用した改修手法【既存ドックシステム】は、国土交通省「長期優良住宅先導事業」に3度採択され、同じく国土交通省「長期優良住宅化リフォーム推進事業」「住宅ストック維持・向上促進事業」にも参画しています。
木造建築病理学課程は、「木造建築病理学」(講義・実習、60時間)及び「木造建築病理学実習」(実習、30時間)の計90時間からなっています。開講期間は2年間に渡り、不定期で実物件での調査にも参加でき、診断レポートを作成することで実践力を身につけます。
■木造建築病理学に基づく改修プロジェクト
・「森林文化アカデミーセンター棟改修工事」

26年度、改修工事中。病理学調査を基に、劣化・温熱改修を実施。大規模公共木造建築の先進的性能改修です
築26年になる森林文化アカデミーは卒業生(WOOD AC)によって「木建築病理学」よる調査診断が行われました。その結果、外部格子の足元に生物劣化、屋根板金の錆、一部の梁にたわみが認められました。また、学びの場として冬季の温熱環境が劣悪なことから、断熱気密による性能向上も必要となりました。
格子は劣化部分を取り替える形で根継ぎを行い、屋根はカバー構法でガルバルリウムを張り、無断熱部分には断熱補強を実施します。さらに、学生とともに講義室の気密測定を実施して弱点となる開口部などに気密処理を行うことにしました。
改修工事は2026年度中に完了予定です。
・「美濃町の家」

第七回地域住宅計画賞 作品部門(地域住宅計画推進協議会)2012年
築100年を超える町家を、木造建築病理学に基づいて改修した住まいです。断熱区画を行い、適切なゾーンを中心に改修を考えています。(岐阜県美濃市)
岐阜県美濃市は重要伝統的建造物群保存地区に指定された”うだつの町並み”という美しい町並みがあります。「美濃町の家」は、重伝建地区から道を一本隔てた通りに位置し、袖卯建と黒漆喰が特徴で、趣のある佇まいを残しています。周囲にも重伝建地区内に匹敵する立派な建物も現存しますが、改修助成や建築規制が無いため、安易に建て替えが進み、無機質な3階建の建物も目立ちます。綺麗に整えられ維持される重伝建地区と雑多な町並みとなっていく周辺地域という格差が見えてきます。
今回、重伝建地区の外縁部に、適切なコストで、使い勝手や各種性能を向上させ、当時の面影を残すひとつのモデルが完成し、工事途中や竣工後に見学会を開催するなど、地域に向けての情報発信を行った。道路側をギャラリーとして開放することも考えています。
また、技術や文化を次世代への継承することを見据え、森林文化アカデミーと東京家政大学の学生と協同で調査、改修提案を行い、壁の珪藻土塗や床塗など、住まい手も交え、地元職人の指導のもと行いました。
地域の魅力は、個々の建物だけではなく、連続している建物の表情や、そこに住む人々の活動によって育まれていくものです。「美濃町の家」が、伝建地区と周辺地区をつなぐ核となることを期待しています。
・「豊橋の家」

木造建築病理学に基づく改修
岐阜県徳山ダム建設にあたって愛知県に移築された民家の改修です。
木造建築病理学の調査に基づき、耐震、劣化、温熱、エネルギー、維持管理、防耐火、バリアフリーの性能を調査し、適切な改修により性能を向上させていきます。
合わせて、移築時に深く考えられていなかった配置計画を見直し、開口部等の変更を行い、心地いい環境を実現しています。
性能が確保された改修で、さらに100年以上住まい続けられることを期待してます。(愛知県豊橋市)



