上田 麟太郎
助教
専門分野 | 木材利用・木造建築 |
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最終学歴 | 北海道大学大学院農学院 環境フロンティアコース 博士後期課程修了 博士(農学) |
研究テーマ | 木材腐朽が木造建築物の安全性におよぼす影響の解明 CFRP(炭素繊維強化プラスチック)素材を応用した新たな耐震補強方法の開発 |
経歴
兵庫県宝塚市出身。中学・高校では美術部に所属し、自流で木彫りを楽しむ。古い物好きが高じて木造建築や近代建築、特に商店(看板建築)にハマり、休みになるとあちこちを訪ね歩いていた。歩くことが好きになり、山歩きも始める。
2013年、北海道大学総合文系学部に入学。ロシア語や歴史学、心理学、哲学…と散々に迷ったものの、「やっぱり木が好き!」と直感して2014年、北大農学部森林科学科へ移行する。造林学や生態学、砂防学、森林美学などの体験を通じて「森」の面白さを改めて実感しながら、最初と同じ、「木材」と関わりたい気持ちから木材工学を専攻とした。以降、修士・博士課程を通じ修了まで、北大で木材工学研究室に所属。研究室で木材の機械加工を学び、研究の合間にティッシュ箱から名刺ケース、象嵌細工、アクセサリーまで大小様々に気の向いたものを作って木工技術を磨いた。作って時々着けていたイヤーアクセサリー、知らぬ間に後輩の間でウケていたらしい。
卒業研究では、各種仕上げ剤(ニスやオイル)が木材の見た目・美観にどのように作用するか?(木目が際立つか、見えにくくなるか・・・など)の定量化を検討したが、修論研究には発展せず。修論研究に迷ったものの、先生・先輩の薦めから木材腐朽が接合部の性能に及ぼす影響について研究を始めたところ、腐朽菌の培養や木材の腐朽処理、加力試験の面白さに気付き、ビス接合部の研究で修士論文を書いた。
博士課程でも引き続き木材腐朽をテーマとして研究を重ねたが、いっぽう、新たな研究プロジェクトとしてCFRP(炭素繊維強化プラスチック)を応用した耐震補強方法の開発(企業との共同研究)の話が持ち上がる。こちらも面白そうだったことから二束のわらじを決意。研究を通じてCFRPプレートを利用した、作業性や維持管理性に優れる木造建築物の新しい耐震補強方法を開発した。
博士課程2~3年次には北大の附属図書館でアルバイトをしながら、学生相談総合センターで北大公認のピアサポーターとしても活動。知識や経験を活かして、学生のみなさんの学修や進路、対人関係…などなど、いろいろな相談ごとに応えた。
2022年3月、博士課程を修了して森林文化アカデミーに採用となり、今に至る。
専門分野に対する思い
いま、暮らしや社会に「木」、木材を再び積極的に取り入れようという動きが高まっています。社会は現在、持続可能な社会、つまり、これからも人と世界がともに生きてゆけるような、責任ある倫理的なあり方へとシフトしつつあります。その中で木材利用が特に、循環型社会の形成や地域振興へのキーストーンとして注目され、強く期待されていることが大きな理由の一つです。
ですが、様々な時代を経ていま進みつつある、この「木」への回帰には、それ以上の理由と意味があると私は思います。
発展した技術に支えられた現代社会は、便利さや効率を生活にもたらしました。しかし同時にその内側で私たちは、「人間らしさ」を見失いつつあるのではないでしょうか。
多すぎる情報や増えすぎた刺激、情報社会がもたらした酸欠は、処理しきれない情報を切り捨てる思考の単純化や二極化、そして想像力の欠如を招きました。その結果は思いやり、つまり、立場が違う人も含めた、他人の気持ちや心を考えることの放棄です。それは自分自身の気持ちや感覚と向き合うこと、内面とつながることの断念と表裏一体です。
また大量消費社会は、多すぎるモノと簡単すぎる消費によって、何もかもを替えが利く、代替可能な存在に見せ掛けました。そして現れたソーシャルメディアでは、人と人のつながりや関わりすら、画面上のボタン操作次第になっています。損得勘定や表面的な感情で出来た、互いに「かけがえのある」関わりも珍しくありません。その結果として私たちは、「かけがえなさ」ゆえの存在の重さ、「相手が相手であること」、そして「自分が自分であること」の意味と価値を見失いつつあります。
現代社会は便利と効率の裏側で、こうして人間性や心の豊かさを失った、機械的で、画一的で、刹那的で、閉鎖的で、茫漠とした不安にとりつかれた新しい「生き方」、あるいは「生きづらさ」を広めてしまったように思います。
しかしその一方でいま、それに対する反動、「人間らしさ」を取り戻したいという動きもまた高まっているのではないでしょうか。
それが、「木」への回帰にも表れているのだと私は思います。
木材は暖かな色味をもち、ゆるやかな木目や組織ごとの細かな違いが、変化のあるやさしいテクスチャーを成しています。そして、無数の凹凸を包み込んだやわらかな輪郭とともに、見る人に楽しさや和みを感じさせています。
木材の手触りのやわらかさや温かさは安心感を、大小さまざまな表面の凹凸は、物に触れることの面白さを思い出させてくれます。そして木材の香りは、「木」とともに生きる暮らしに安らぎを与えています。
また、全く同じ見た目、形の木材はこの世に一つもありません。木材はそれぞれの木の、替えが利かない歴史が作り出したそれぞれ無二の存在です。めいめいに多様な違いを楽しみながら、年輪や形をもとに、その過去へ思いを馳せる面白さもあります。
人の感覚へと触れる、そして人それぞれに印象を与える「木」のこういった特徴は、無味乾燥な現代社会のなかでも、私たちをいつでも、自分自身の感覚を信じること、気持ちや感情に素直であること=「人間らしさ」、そして「自分らしさ」に引き戻してくれるものです。
だからこそいま、これまでにない速さで無機質さを増す社会のなかで「人間らしさ」を取り戻すために、いっそう強く、暮らしに「木」が求められているのではないでしょうか。
現代の生活空間は、画一的で大量生産に向いた工業材料で囲まれがちです。単調な質感で時に鋭い輪郭をもち、重く冷ややかな印象を与える工業材料もまた便利さの一方で何かを失った、無機質な空間を広めてしまっているのかも知れません。
木材の利用には、持続可能な世界をつくってゆくことだけでなく、こうした現代のなかで見失われつつある、「人」や「存在すること」の意味と価値を再生することにも、大きな可能性があると信じています。
木造建築での木材利用という側面から、人と世界がともにこれからも長く生きてゆけるあり方を探しながら、その傍らで「木」のある暮らしを通して、人が人間らしく、自分らしく在ることのできる空間もつくっていきたいな、と思っています。
論文
Ueda R, Sawata K, Takanashi R, Sasaki Y, Sasaki T (2020) Degradation of shear performance of screwed joints caused by wood decay. J Wood Sci 66: 42, DOI: 10.1186/s10086–020–01889–w
Ueda R, Sawata K, Sasaki Y, Sasaki T (2021) Effects of decay on the shear properties of nailed joints parallel and perpendicular to the grain. J Wood Sci 67: 70, DOI: 10.1186/s10086-021-02006-1
上田麟太郎,澤田圭,佐々木貴信,坂本明男 (2020) CFRPプレートをビス・接着剤で固定した木質構造接合部の補強方法の提案. 木材工学研究発表会講演概要集19, pp.101-109
上田麟太郎,澤田圭,佐々木貴信,坂本明男 (2021) 二方向強化CFRPプレートの構造が木質構造接合部の補強性能に及ぼす影響. 第71回日本木材学会大会研究発表要旨集, 1P105
趣味
木工、歌うこと、和裁、洋裁、テレマークスキー(兼クロスカントリー)、レザークラフト、アクセサリーづくり、心理学、精神医学、和菓子屋さん・ソフトクリーム・道の駅・産直・近代建築・博物館・牧場めぐり、動物を探しに行くこと、ビーチコーミング