教員紹介
さが そうへい

嵯峨 創平

教授
専門分野 過疎地域の自律的振興(住民参加のまちづくり) 文化資源マネジメント(文化的景観の保全活用)
最終学歴 立教大学 社会学部卒(1985年)
研究テーマ 環境社会学を基礎とした山村の内発的発展や文化資源マネジメントの研究に取り組んでいる。その背景には、先輩方から教えを受けた過疎地域における「まちづくり運動」の継承発展や、自ら実践してきたエコミュージアム活動の深化という思いがある。今後は、アジア地域における参加型の農山村開発や自然・文化資源管理の研究・政策との連携も視野に入れつつ、現場に貢献する研究活動を進めていきたい。

経歴

大学時代に出会った都市社会学(コミュニティ論の奥田道大先生)のゼミでフィールドワークの魅力にはまり、民間の市場調査会社、地域開発・都市計画系シン クタンク(財)日本地域開発センター研究員などをしながら、全国の農山村や地方都市を巡り歩いてきた。今までに訪れたまち・むらは47都道府県1000ヶ所以上にのぼる。この他に、北米の市民参加型まちづくり調査、ヨーロッパの条件不利地域(農山村)の地域振興調査、東南アジアの民衆演劇ワークショップ交 流などに参加してきた。

1995年に独立。同時に日本エコミュージアム研究会の創設に参加し、まちづくり/環境教育/博物館の3つをキーワードに、より実践的な立場から「持続可能な地域社会の発展」に貢献するために、フリーランスのプランナー&ファシリテーターとして活動を開始。

2003年にはNPO法人環境文化のための対話研究所(IDEC)を設立し代表となった。当初は地域計画や施設計画の仕事の中でワークショップ手法をいかす形がメインだったが、2000年代から人材育成や市民調査の延長線上にコミュニティ・ビジネス開発や施設運営を実践するスタイルの仕事が増えてきた。また、市町 村や市民活動団体向けの「ワークショップ運営/ファシリテーション技法」の研修講師としても全国を回った。

アカデミー赴任前の7年間は、 福島県へ通って継続的な仕事をする機会に恵まれた。2003年から「福島市こどもの夢を育てる施設(福島市こむこむ)」の施設計画に関わり、市民ワーク ショップの企画運営と市民ボランティアの組織開発に取り組んだ(日本ミュージアム・マネージメント学会の2009年度学会賞受賞)。

2006年から福島県奥会津(只見川流域)の「三島町エコミュージアム構想」と主宰NPOとの共同事業として、人材育成事業や都市農村交流事業のコーディネーターを務めた。奥会津は日本の原風景ともいえる豊かな自然と伝統的な文化を残し、人と自然が共存しながら造ってきた「文化的景観」の宝庫である一方、”日本の TVA”と称された只見川流域のダム開発(電源開発)が集中的に行われた、戦後日本の「地域開発」の出発点でもある。近年の過疎化・高齢化の進行や地方財政の縮小で、いわゆる”限界集落(限界自治体)”も出現しているが、地域の若手行政マン・若者グループ・NPOスタッフ等と共に、様々なプロジェクトを展開した。主な活動として、「三島町エコミュージアム構想推進プロジェクト」(2006~2010年度)、「奥会津案内人講座」(2007~2009年度)、「奥会津人材育成ネットワーク集会」(2007年度)、「三島町歴史文化基本構想策定委員会」(2008~2010年度)がある。

 

専門分野に対する思い

2011年の東日本大震災で露わになった都市社会の利便性や巨大技術の危うさ、既成の行政・企業の枠組みに捉われない市民やNPO/NGOの機動的な活躍 を目の当たりにして、今「農山村へ向かう若者たち」が確実に増えている。総務省が2008年から始めた「地域おこし協力隊」「集落支援員」等の制度もそうした動きを後押ししている。森林文化アカデミーが2013年3月に主催した「農山村サポーター交流会in岐阜」においても、さまざまな動機と背景をもって県内で新しい動きが起こっていることが実感された。そうした仲間達と連携しながら、農山村において新しい暮らし方・働き方を自ら実践しつつ、持続可能社会を創る担い手を育てていきたい。

山村づくり講座の教育活動では、自然科学系と社会科学系の両面から、地域の自然環境と歴史文化を総合的に捉える力を養うことを目指している。実践面では、地域調査法演習、地域計画法演習、コミュニティファシリテーション実習、コミュニティ・ビジネス起業論などの授業を通じて、地域社会の課題を住民と共に探り・解決に向けた実践的な取り組みを企画運営していけるクリエーターの養成を目指している。

 

教育や研究についての思い

21世紀は循環型社会の時代だと言われています。津波による災害、原子力発電所の事故などは、私たちが当たり前だと思っている生活基盤がいかに不安定なものかを、現実の問題として目の前に提示してくれました。しかし、循環型社会への道のりは、いまだ明確に示されているとは言えません。
一方で、里山の自然に目を向けてみると、つい50年ほど前に日本中で地域の資源が循環利用されていたことを教えてくれます。そこには過剰利用の問題などはありますが、地域の資源を持続可能な形で使っていくうまい仕組みがありました。それだけではなく、里山には縄文以前の時代から人と関わりながら多くの生物が暮らしてきたこともわかっています。里山には学ぶべき事が数多くあるのではないでしょうか。
本学のみなさんには、そういった自然や資源の利用について学んでもらい、新しい地域社会を実現する提案のできる人材に育ってもらいたいと思っています。