『ゴッホの椅子』

ゴッホの椅子とは、画家ゴッホが描いた椅子の絵によく似た、古いスペイン製の民芸椅子です。生木を割り、人力の道具で削る素朴な手法で作られています。今から50年ほど前に日本に紹介され、多くの人に愛されました。とりわけ日本で初めて木工芸の人間国宝に認定された黒田辰秋はこの椅子に惹かれ、スペインまで制作工程を記録しに出かけたほどです。本書では黒田が1967年に訪れたスペインのゴッホの椅子づくりの記録写真を多数掲載しています。

本書のもう一つのテーマは、黒田辰秋自身の椅子づくりです。黒田の代表作は、映画監督・黒澤明のためのいわゆる「王様の椅子」(1964)、そして皇居・新宮殿の椅子(1968)ですが、それらの制作工程を記録した貴重な写真が多数発見され、本書に掲載しています。この2つの椅子はいずれも、岐阜県内で制作されたものです(前者は中津川市付知町、後者は高山市で飛騨産業株式会社との共同制作)。京都の工芸家である黒田が自らの工房を離れ、制作地に岐阜県を選んだのは、岐阜県が豊富な森林資源と木工の技術をともに持ちあわせていたからにほかなりません。皇居・新宮殿の椅子制作では、飛騨産業の関係者への取材によって、これまで知られていなかったエピソードも明らかになりました。

森林文化アカデミーでは一般の人に椅子づくりを楽しんでもらうため、生木を人力の道具で削る「グリーンウッドワーク」の椅子づくり講座を行っています。本書でも、ゴッホの椅子の作り方を後半で詳しく解説しています。

木工や椅子のファン、そして民藝が好きな方には興味深い1冊になっていると思います。

書名『ゴッホの椅子〜人間国宝・黒田辰秋が愛した椅子。その魅力や歴史、作り方に迫る』
著者 久津輪 雅(岐阜県立森林文化アカデミー准教授)
出版社 誠文堂新光社
価格 2300円(税別)